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本に愛される人になりたい(98)中谷美紀「インド旅行記1〜4」

 前回の「本に愛される人になりたい」シリーズの第97話 「数珠繋ぎ読書のすヽめ」で綴ったように、インド系本の数珠繋ぎ読書は、宮脇俊三『インド鉄道紀行』から始まり、横尾忠則『インドへ』→妹尾河童『河童が覗いたインド』→高峰秀子『旅は道ずれガンダーラ』→堀田善衛『インドで考えたこと』と続き、中谷美紀『インド旅行記1〜4』にたどり着きました。
 映画『嫌われ松子の一生』を撮り終えた彼女は精魂共に尽き果て、完全に疲弊していたという。「もう、何もできない。何もしたくない。そんな思いを振り切るように、飛行機に飛び乗り、前進せざるを得ない状況にこの身を投げ入れた。…何故インドだったのか。本場でヨガを体験してみたいというのが、脱力状態だった当時に残った一縷の望みであり、『嫌われ松子の一生』で、ひとりの女性の流転の人生を演じたことなんて簡単に忘れてしまうくらい強烈な場所に行かなければならないとも思いつつ、更には他人に運命を定められることにうんざりしていたもので、まるで自ら運命を選び取ったかのような錯覚を抱いてインドを目指したのである。」
 インド系本の数珠繋ぎ読書で読んでいたインドの混沌とした社会に驚愕する日本人という典型的な紀行文なのだけれど、中谷美紀という一つの人格を通して見るその混沌は、とても身に迫ってくるので、第一編の北インド編、第二編の南インド編、そして第三編の東・西インド編を一気読みしてしまいます。混沌とした社会としましたが、日本の暮らしでは理解を超えた日常生活がインド各地で営まれているのですが、インド各地に住む人たちにとってはそれが日常であり、混沌という言葉で語ることは大きなお世話に違いないのですが、中谷美紀の淡々としつつも自分の主観に嘘偽りない筆致に沿ってその風景を見るにつけ、はらはらしたり、驚いたりするわけです。詳細はお読みくださいませ。
 第三編の「あとがき」で、「そして、いかなる形にせよ、この瞬間をただ生きているということが何にも勝る価値のあることなのだと、改めて気付かせてくれたインドを、大好きだとは言わないが、今は好きだと言いたい。」と彼女は締めくくります。この「大好きだとは言わない」という言葉はとっても納得できるもので、本書で綴られた三回に渡るインド旅行感をよく表していると思います。
 そして、第四編の写真編を読むと、あれだけ否定的にとらえる言葉が使われていたのに、やはり慈しみを持ってあちらこちらの素敵な情景を捕まえておられたのだなと、気づきます。社会が混沌としていると素敵な情景がその勢いに隠れそうになりますが、たとえ混沌であっても人間の日々の営みから溢れ落ちる素敵な情景はあるものです。
 インド系本の数珠繋ぎ読書は、本書でとりあえず終え、『インドで考えたこと』の堀田善衛さん繋がりで、同氏の『スペイン430日』から『スペイン断章』へと枝分かれ読書を始めています。
 さて、気づけば、この「本に愛される人になりたい」シリーズも第98話をこれで終えました。第99話と第100話がどうなるやら…ご期待くださいませ。中嶋雷太

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