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マイ・ライフ・サイエンス(41)「高齢化と胸腺のお話」
先日、NHKのニュースアプリを開いて読んでいると「新型コロナ感染者 国内初確認から5年 死者13万人 高齢者多く」の見出しで、高齢者の死亡率の高さが語られていました。つまみ食いすると…<新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認されてから15日で5年となりました。これまでに少なくとも13万人余りが死亡し、その多くは高齢者…厚生労働省の人口動態統計によりますと、新型コロナに感染して死亡した人の数は、2024年8月までに13万2000人余りとなっています。このうち65歳以上の高齢者は、12万6000人余りと全体の95.7%を占めています>とありました。
このニュース自体はまったく問題はないと思うのですが、このニュース原稿を書いた担当者やこれにOK出ししたその上司たちに、何かが欠落しているような気がしてなりませんでした。(別に、わざわざケチをつける気はありませんので、悪しからず)
この、なんというか、ある種の欠落感と同じようなことがこれまでにもあり、キーワードは「高齢者」でした。何かの疾病があると高齢者の死亡率が高いというようなニュース記事がこれまでにも数多くあり、それはそれで事実だと思われ、まったく問題はないのですが、この欠落感は否めませんでした。
この欠落感はいったい何だろうかと、少なくとも、新型コロナ禍で世の中が「閉じた」2020年の春頃から、ぼんやりと感じてきたのですが、先日、「これではないかな」と思ったのが「胸腺」でした。
私のnoteの「本に愛される人になりたい」シリーズの第105話で取り上げた、多田富雄さんの『免疫の意味論』という本を、この年末年始に読んでいて、胸腺の話が出てきました。胸腺の読みは「きょうせん」で、胸骨の裏側、心臓の真上にあるのが胸腺という臓器です。胸腺は免疫の司令塔のような役割を果たしていて、思春期までは大きく成長しますが、そのあと収縮し高齢になるともはや脂肪の塊となり消失してしまいます。これを退縮というようです。40歳代になると新生児のT細胞増殖能力は100分の1ほどに低下し、やがて消失するといわれています。つまり、高齢者になれば、免疫力自体がかなり衰えてくるわけですね。
つまり、「新型コロナに感染して死亡した人の数は、2024年8月までに13万2000人余りとなっています。このうち65歳以上の高齢者は、12万6000人余りと全体の95.7%を占めています」という記事原稿を書かれた方たちの基礎知識として、高齢化による胸腺の消失という科学的常識があったのだろうか、おそらくこの科学的常識が欠落しているのではないだろうか、と考えました。先ほど述べた通り、別に意地悪で言っているのではなく、この淡々としたニュース記事を読んでいると、ふと欠落感に襲われてしまいます。
前述の『免疫の意味論』からつまみ食い的に引用させて頂くと…「胸腺の退縮はますます進行し、七十歳〜八十歳代にもなるとほとんどが脂肪に置き換わって、傷跡程度となる。決して消失することはなくリンパ球を作り出している。胸腺が退縮するのにやや遅れて、T細胞系の免疫機能の低下が起こる。T細胞に依存した抗体の生産能力、癌細胞などを殺すキラーT細胞機能、ヘルパーT細胞機能などが、だんだんと低下する。『非自己』に対するさまざまな反応性は、遅かれ早かれ低下の一途をたどるのである。…自他の識別という、生物個体の同一性に関わるところから、胸腺の退縮は深刻である。」
高齢者だから仕方がないということではなく、生物としての人間の高齢化の科学的常識として、例えば「胸腺」という免疫からの知見を踏まえてみれば、異なる見え方があるのではないかと思っています。対処法はそれほど変わらなくても、高齢者の高い致死率という数値を、「そのまま伝える」のではなく、もう少し深めて考えてから、伝えた方が良いのではないかと思うのです。中嶋雷太