見出し画像

本に愛される人になりたい(90) ケム・ナン「源にふれろ」(Kem Nunn 「Tapping Source」)

 サーフィン小説としてピンとくる作品に出会ったことがなかったのですが、先夜新宿ゴールデン街にある「深夜+1」のお店の方から紹介してもらったのが本作品です。邦題は、ケム・ナン「源にふれろ」。翻訳者は大久保寛さんで、2004年に早川書房から発行されています。アメリカでの原書は1984年に初版が発行されています。
 サーフィンの物語としては、映画では、『エンドレス・サマー』や『ビッグ・ウェンズデー』などがありましたが、ベトナム戦争から数年が経過した1980年ごろのサーファーの群像を描いた映画や、そして小説はなかったのではと思います。
 主人公のアイクは、ロサンゼルスから北東に数百キロ離れているモハベ砂漠の小さな町でバイクの修理工として腕を磨いてきましたが、家族縁に見放され鬱屈とした日々を送っていました。ある日、家出した姉の消息を追う旅に出かけ、西海岸のハンティントン・ビーチにやって来て、サーフィンに出会います。そして、ベトナム戦争から帰還し時を経たサーファーたち。時が経っても変わらない南カリフォルニアの太陽や波があり、サーフィンのメッカのハンティントン・ビーチですが、そこには主人公アイクが心を閉ざして生きていたモハベ砂漠の荒涼たる町と変わらぬ荒んだ人身が交錯していました。往年の名サーファーたちもまた、時を経て、若かりしころの栄光にも陰を指し、荒んだ日々を送っていました。
 そして、ある事件に巻き込まれつつも、アイクはサーフィンの源、そして生きることの源にふれることになります。
 本作を読み終えた感想は、何万ピースものジグゾーパズルを完成させたものの、ピースの一つ一つの形が微妙に歪んでいて、その全体が歪んでいると言えば良いのでしょうか。ただ、そのいつまでも未完な心象風景こそが私たちの人生ではないかと思われます。
 それはサーフィンという遊びの深みのようでもあり、サーファーの一人としては、本作品に出会えたことは喜びでもあります。
 起承転結がはっきりとしていて登場人物の性格や言動もお利口さん的で、美しく完成されたドラマが数多い時代に、本作品の「歪み」はドシンと私の心を打ちました。
 最後になりますが、大久保寛さん訳の日本語版を読んでから、原書を読んだのですが、やはり原書の方がリズム良く、そして言葉の膨らみがあり楽しめました。中嶋雷太

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?