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<感謝:2024年10月>
本日、全体ビューが120,000件を、そしてスキが8,000件を超えていました。全体ビューはあくまで参考値ですが、数多くの皆様にお読み頂き感謝しています。ぼちぼちと日々のあれこれを綴りつつ、映像プロデューサー、そして物語作家としての自主勉強をnoteという場で重ねさせて頂いています。新作小説『湘南ブルーズ・デイズ(仮)』は、大幅な改稿をしつつも完成に向かっていますので、ぜひご期待ください。来年には拙書『時を、消す』の映像化に動き出そうかと目論見中です。(『時を、消す』はAmazon等で購入できますので、ご興味ある方はぜひ!)
noteであれやこれやと綴ったものを皆さんにお読み頂くなか、言葉というものは感性がふくよかだからこそ伝わるものだとつくづく思っています。ただ、昨今のように鋭敏とか精緻だといったものだけが感性だとする流れには「はて?」と頭を傾げています。書評などで「精緻な心理描写が素晴らしい!」と評されていると、本来の人間ではなくて小説用の人間の感性みたいなものを身内褒めする感じが強すぎて、少々たじろぎもします。牛の感性やカラスの感性やミミズの感性のようなのでも良いではないかと、天邪鬼の私は考えます。日々の生活を営むなかで、私たちはそんなに鋭敏でもないし精緻でもなく、ある種の望洋とした感性でもって生きているはずです。そして、その望洋とした感性の面白みや強さ弱さ…等々にこそ「言霊」の本質があると思っています。私の「言霊」がよりふくよかになり、より多くの方にこのnoteをお読み頂き、明日を生きる何らかの糧になればと願うばかりです。今後とも何卒よろしくお願いします。中嶋雷太