七日(※フィクションです)

 少し寒くなってきた夜風を感じながら深夜12時過ぎにバイト先から自宅に帰った。郵便受けを開けると廃品回収のビラやと紳士服店のDMなどに紛れて自分宛ての茶封筒が一つ入っていた。
 それは二次選考の通過と最終選考の日程を伝える文書だった。最終選考は2020年11月8日日曜10時。東京都内の会場だった。この最終選考を突破すれば晴れて劇団四季の一員になれる。
 はじめて観たのはライオンキング。小学6年生の時だった。2階席からの観劇だったが、その血沸き肉躍る舞台芸術に圧倒された。家に帰ってからも「時は来たり!」とマントヒヒのラフィキのものまねで、朝父を起こしたり、段ボールでトムソンガゼルの群れを作って邪魔だった、というのは親たちの語り草になっている。
 高校に入ると大西ライオンを参考にした。高2になって初めて大西ライオンのWikipediaをふと開くと、大西ライオンは一度しか四季劇場で見たことがなく、めちゃイケの岡村オファー企画を見て参考にしたという。それを読んで自分も目指していいのだと思った。こんな片田舎では劇団四季を観る機会が限られていた。
 大学は東京の大学へ進み、演劇サークルに入った。しかし、当時の大学の演劇サークルといえば、斜に構えた前衛的な劇ばかりで、あまり自分の参考になるとは思えなかった。1年で辞めて、独学で身体表現の極致を探し求めた。
 その頃だ。プンヴァ似の彼女に出会ったのは。プンヴァ似といっても、ティモン似かプンヴァ似かと問われたら、どちらかといえばプンヴァ似かなという程度の容姿だが、それ以外の例え方を知らずに育っていた。寧ろ、付き合い始めてからよりプンヴァ味を感じるようになった。食事はもちろんのこと、何事もハクナ・マタタで解決していく。そんな彼女に支えられ、ついに劇団四季の最終選考に残ったのだ。
 最終選考の前々日、彼女が壮行会をしようと言って食事に誘ってくれた。そこは芋虫も昆虫類も出ない普通の居酒屋だったが、思い出話をしながらリラックスして前々日の夜を楽しんだ。最後には彼女から腕時計のプレゼントをもらった。日付までわかる精巧で重厚な時計を早速腕に巻く。思わず「時は来たり!」とモノマネをしてしまう。
 家への帰り道、あまりにも気分が良かったのでコンビニに寄ってストロング缶とおつまみを買った。家で一人の二次会である。ディズニーのアニメ版ライオンキングを観ながら缶チューハイを飲んだ。最高の夜だった。いつの間にかぐっすり眠っていた。
 朝がやって来た。体を起こして腕時計を観ると8日の朝9時を指していた。最終選考は8日の10時。ここから会場までは最低30分はかかる。急いで身支度をして、家を飛び出した。 
 駅からダッシュをして会場に付いた。あまり人気がない。さらに柵が閉じてあり、会場の手前までしかいけない。脇には守衛さんが立っていた。
 守衛さんに私は尋ねた。
 「今日、ここで劇団四季の入団試験があるはずで、あと5分で始まるんですけど。」
 「それは、明日じゃないかな。」
 そこで私はようやく昨日は金曜だったことを思い出す。
 「七日なのか!?」

 腕時計の針は8日を指していた。こんなアナログ時計は信用できない。今更スマホを開く。スマホの画面は11月7日午前10時を告げていた。
 ピロン。
 スマホに彼女からメッセージが届いた。
 「昨日伝えたかもしれないけど、腕時計の針1日ずれてたから、自分で説明書見て直してね。」
 勝手に今更かよと思ってしまう。
 「8日だと思ってダッシュで会場に来ちゃったよ。もうなんか頭痛いし、吐きそう。」
 「大丈夫?とりあえずトイレ探しなよ。」
 「たぶん二日酔い。」
 「駄目だ。ここで吐くわ。」
 冷静になったことで自覚した二日酔いの頭痛と吐気に抗えなかった。明日またここを通るんだよな。自分の身勝手さを反省しつつ、逆に劇団員にまで吐いたことが噂になれば選考に有利に働くのではないか。そんな考えすら一瞬で駆け巡った。
 ピロン!
 全信頼を置く彼女からメッセージが届いた。
 「吐くな。まだだ!」

(完)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?