七日その2(※フィクションです)
明日の日曜は市営プールで、市内の小学生の頂点を決める水泳大会が行われる。
僕は小学3年生のときに、アテネオリンピックで「ちょ―気持ちいい!」と言っている北島選手に憧れて平泳ぎを極めようと頑張ってきた。
平泳ぎは好きだ。足の裏と太腿、下半身全体を使って一度に水を後ろに送り、すーっと前へ進む感覚がなんともいえない。そして、その「のび」を尊重する。あれは長すぎても短すぎてもいけないのだ。まさに蛙になった気分。やせがえる負けるな一茶これにあり。
平泳ぎで市内1位を目指した去年は2位に終わってしまった。東部小学校の灰川くんに負けたのだ。妥当灰川としてこの1年間頑張ってきたのである。小学校6年生の最後の夏。僕は勝利で終わりたい。
ところで今日、土曜は地域の神社の夏祭り当日だ。僕らの住む地域の中心には杉の木に囲まれた神社が鎮座しており、毎年7月の第2土曜と日曜に夏祭りが開かれている。
初日である今日は神社の境内に屋台が並び、夕方にはビンゴ大会や映画の野外上映なんかも行われる。近所の小学生だけに限らず隣町の小学生も集まり、活況を呈す夏の一大イベントなのだ。ちなみに日曜は山車が町内を練り歩くお祭り本番なのだが、そちらは神事感が大きく、僕にとっては屋台で飲み食いしながら友達とふざけ合うこの土曜日が祭りのメインなのであった。
夕飯は屋台で食べるよと言って玄関を飛び出した。郵便局前で友達のタケシと待ち合わせて神社へと向かう。
「よー、タッカ」
「おはようタケちゃん」
僕の名前はタカノリだけど、幼稚園の時に出会ってから僕たちはこう呼び合っていた。
「タッカは今年何本食べるの?」
「明日水泳大会なんだよね。10本かな。」
「去年より少ないじゃん。別にバナナなんて明日にはうん〇になってるよ。」
「いやーどうしても明日は自己ベスト出したいからさ。お腹壊したくなくて。」
僕はこの夏祭りにチョコバナナの大食いに挑戦してきた。この神社のお祭りは、大きな神社のお祭りとは一線を画し、とても安い値段で楽しむことができる。それは地域の大人たちで屋台を運営しているからだ。チョコバナナの屋台は近所のお菓子屋さんの主人が取り仕切っていて、カラースプレーなどの派手な飾りはついてないけれど抜群の美味しさを誇っている。一本がバナナ一本の半分のサイズで売られていて30円。去年は15本食べるという記録を打ち立てた。
僕たちは神社に着いた。まずは参拝だ。賽銭箱に10円玉を投げ入れ、二礼二拍一礼する。明日は自己ベストが出せますように。こういう時だけ一丁前に神頼みだ。
そして、夕方のビンゴ大会用のカードを受け取ると、僕たちはチョコバナナの屋台へ直行する。
「見てタッカ、もう行列ができてんぞ。」
「くそ―出遅れたか」
「一人一回三本までだって」
「そんなの去年はなかったのに」
チョコバナナの製造スピードには限界がある。切ったバナナを割り箸に刺し、チョコに潜らせるだけなのだが、乾かすのは自然に任せるしかない。日がもう少し傾いて涼しくなればよいが、まだ昼過ぎ。チョコには少し気温が高かった。熱々のチョコがけバナナではなくチョコバナナを売るのだ。そのためには少し固まるまで待つ必要がある。
僕たちが列に並んでると、白シャツに青いサスペンダーが映えたマサルがやって来た。
マサルは同じ地区に住んでいて、今は中学校に通っているのだが、小学校にいた頃は何かと僕たち下級生に対し威張り散らしてきた。
「ようタカノリ、俺もチョコバナナ食いてえな。」
「後ろに並んだら。」
「お前俺のために並んでくれてたんだろ。」
「そんなわけあるか。そもそも中学生が来る場所か。友達いねぇのかよ。」
「タッカ、それは、、、。」
タケシが制してくれようとしたが遅かった。また自分の悪いところが出てしまった。舌が回る分つい言い過ぎてしまう。マサルは痛いところを突かれたのか、顔が歪む。実際マサルは中学に入るとほかの小学校から入った人たちと馴染めず、日々の鬱憤が溜まっていたのだ。
「お前に中学校の何がわかるんだよ!どけ!」
マサルは僕を突き飛ばした。僕は列から外され、砂利が敷かれた地面に尻もちをつく。
一瞬反省した僕だったが、手を出したのはあっちだ。すぐに戦闘モードに戻っていた。
「このデーブ!」
体型を揶揄する言葉とともに右手で作った拳をマサルのお腹に沈めた。その時だった。
ぐにゃ。嫌な感触が手首から脳に届く。
同時に僕もマサルも地面にうずくまる。
「どうしたタッカ。お前がパンチしたんじゃないのか。」
「やばい。手に力が入らない。」
その後、周りの小学生が神社の禰宜さんを呼んできて、すぐにお互いの親がやって来た。互いの親は、お互い様ですからと言い合って、それぞれ自宅へと子を連れ帰る。
僕は親と途中整体外科に寄って腕を診てもらった。
「先生どうですかね。」
「捻挫ですねー。」
「明日この子水泳大会なんですけど。」
「全治までは一月ぐらいかかるし、七日は安静にしてもらわないと。」
「七日なのか、、、。」
父が肩を落とす。息子が頑張る姿を応援してきた父。父が自分の気持ちを思いやり残念そうな顔をこちらに向ける。自分の行動が軽率なのがいけなかった。拳を人に向けるなんて、普段であっても決してやるべきではない。
「タカノリ、今の気持ちは。」
「何も言えねぇ。」
ちょ―気持ちいいを目指した僕がいつの間にか北島を追い越していた。