思いやりの心なんて誰もが持てるわけでも、持つ必要があるわけでもない【ヒトの個性】
「思いやりの心を持ちなさい」
こんな言葉をかけられた覚え、ありませんか。
私も子供の頃、親に言われたり、道徳で学んだりした記憶がありますが、私はこれをうまく行うことが出来ず、自分は冷たい人なのかもと思っていました。
でも、実際のところ、出来なくて当たり前だったのです。
今回は思いやりの心を持つために必要なことは何か、なぜ思いやりの心を持つ必要はないのか、などをお話ししていきます。
思いやりとは、相手のためにあれこれ気を遣うこと、相手が困っている時に助けとなる行動をとれること、などを指します。
まず、このポイントとなってくるのが、「相手」です。
そしてもう1つ、「細かなところまで見ている」です。
人を思いやろうとした場合、相手のちょっとした変化や違いを見逃さない、そんな相手の細かなところまで捉えられることが必要です。
これを捉えられることで、相手が何に困っているのか、何をすればいいのか、いつ手を貸せばいいのか、分かるからこそ、相手を思いやることができます。
そんな思いやりを行うための目線を持っているのが、8type charactersの<フェイ知性>というグループの人達になります。
この<フェイ知性>は、自分ではなく、相手に目を向けています。
そのため、相手の立場に立って物事を考えることができます。
相手の細かなところにまで目を向けているため、変化にすぐ気付いたり、何に困っているのかを察知することができたり、手を貸す必要があるか、見極めることができたりします。
この、相手の立場に立って、細かなところに目を向けることができるからこそ、思いやりというものが効果を成すのです。
ちなみに、この思いやりというのは、少しでも相手が望んでいるものとズレてしまうと、意味がありません。
自分は気遣いのつもりだったとしても迷惑になってしまったり、やっても気付かれなかったり、なんならタイミングが悪く、逆効果になってしまったりします。
そうすると、相手にも自分の気遣いが上手く伝わらないため、「せっかくやってあげたのに!」とか「なんか感謝されなかった!」など、いいことをした(つもり)にも関わらず腹を立てることになります。
これが、人間関係のよくあるトラブルの1つだったりします。
そのため、<フェイ知性>のように、そんな目線で物事を捉えている人達以外は、思いやりの心を持たなければいけないという“常識”を捨てる必要があります。
正しくできなければ、意味がないだけでなく、迷惑にもなってしまうからです。
そして、<フェイ知性>以外はやらなくても、本来は問題など起こらないはずです。
なぜなら、私達は、自分にとって必要なものが捉えられるような骨格になっているので、相手を見たり、細部を見たりできるような骨格に作られていないということは、相手を思いやることを考える必要がないということなのです。
MiKA