中年と青年の「大阪ビッグリバーブルース」
大人には様々な事情がある
大人の恋愛や結婚には、当人たちの感情だけではうまくいかない、様々な「大人の事情」というものが立ちはだかります。
仕事、生活、体調、親、子供……。いずれも大切であり責任があります。長く生きるにつれ背負う荷物も重くなっていくのです。
それに比べて、まだ仕事にも就いていないような若者たちは、自分の感情だけで付き合うも別れるも自由にすれば良いのだから気楽なものだ。大人になった私たちは、自らの若い頃の気持ちなどきれいに忘れて、他人事のようにそう思っていないでしょうか。
川沿いのカフェにて
数年前の出来事です。私は、大阪市内の川沿いのカフェにて、今まさに、「大人の事情」に阻まれて関係が終わろうとしている女性と向かい合っていました。
私は、既に彼女の中だけで結論を出したのだろうと察する一方で、それでもこうして向かい合っているうちは何とかつなぎ留めたいという気持ちもあり、途切れ途切れの会話を続けていました。
そんな我々の横にいるのは、見たところまだ10代後半といったところの若いカップル。こちらの沈んだ空気とは対照的に、二人とも楽しそうに談笑しています。彼らのテーブルの上にはホイップの載った甘ったるそうな飲み物と、この店の名物の揚げパン。
揚げパン…。お昼過ぎに揚げパンを美味しく食べられるのもまた、若者の特権というべきでしょうか。確かに美味しいだろうけど、私たち中年が不用意に食べたら、夕食時になっても胃がもたれて苦しむことになるでしょう。
若者たちの温度差
私たちは決して、隣の若者たちの会話を盗み聞きするつもりはなかったのですが、こちらの会話が途切れ気味なのに対し、彼らは周りの耳を気にせず大きな声でおしゃべりしています。聞く気が無くてもしっかり耳に入ってきます。
途中までは実に他愛もない話をしていたようなのですが、女の子の方がひとしきり笑った後で、まだあまり手をつけていなかった揚げパンに取りかかり、しばらくの沈黙が訪れました。その時、男の子の方がゴクリとのどを鳴らして飲み物を一口飲んだ後、若干つかえたような口調でこう言いました。
「ねえ、俺たちって、あの、付き合ってるよね?」
「!?」
そう聞いた瞬間の女の子の表情を横目で見るほど私も不謹慎ではありませんでしたが、何となく、さっきまで和やかだった空気が急に緊張したのを感じました。
「あ、っていうか、俺たちちゃんと付き合わへん?」
数秒の沈黙。私と連れの女性は、若干わざとらしく、残り少なく冷めきっていたコーヒーをすすりました。
「えっと……。ごめん、私はちょっと、ちゃうかな…。」
「………。」
フラれてる…。
若者たちは残った揚げパンを手早く食べて、そそくさと出て行きました。きっと、あの話が出るまでは甘くて美味しかった揚げパンが、その後では灰に変わったことでしょう。
大阪ビッグリバーブルース
私と連れの女性は夕暮れ時に店を出て、少し川沿いを一緒に歩いた後であいまいなあいさつを交わし、彼女が自転車に乗って去っていくのを私は見送っていました。彼女と会ったのはその日が最後でした。
それにしても…。と、私は歩いて駅に向かう途中で、店で目撃した若い二人のことを思い出していました。
若者たちには確かに、大人たちが背負っているような色々な事情は無いし、これからの一生を誰と共に生きるのかなんてまだ真剣に考えなくても良いのです。付き合っているとか付き合っていないとかをはっきりさせなければ、それがいつまで続くかはわからないにせよ、しばらくの間は一緒に楽しく過ごせたことでしょう。
それをあえてはっきりさせようと踏み込むのなら、あいまいに続けてこられた甘い関係を失う覚悟をしなければならなくなります。
今一つ歯切れが悪いようにも聞こえましたが、彼は勇敢だったのだと思います。そして若者にはまだこれから、いくらでも機会があるのです。
憂歌団の「大阪ビッグリバーブルース」を聴いて、偶然にも二組の関係が同時に終わった、あの日の淀川沿いの光景を思い出しました。