流氷を砕く船の上で
凍てつく朝、寒さを通り越して顔が痛い。観光シーズン真っ只中でも早朝便は空いていた。オホーツク海に朝陽が昇り始め、流氷が紅く染まる瞬間に立ち会う。
どんな景色を前にしても心が動くかどうかはその時の心境しだい。
船主のスクリューが砕氷する音だけ寒空に響く。蹴散らされた氷が橙に染まった宙を舞う。併走して飛ぶカモメ。進んでも進んでも永遠と繋がっていくような氷の海原。
隣の老婦人から「きれい」と言葉が漏れ出るのを聞く。ふと横を向くと、その顔は頬紅を入れたように優麗に照らされていた。目が合い彼女が微笑んで私は思わず涙ぐむ。
美景を包む空間が心に沁み入りわだかまりは消えていく。そして今、美しいと感じられる心が残っていたことに安堵する。
下船すると、心配した同僚からのメッセージがまた届いていた。
「大丈夫、明日帰るね」
それだけ。ようやく言葉にできた文字を書いて送信した。