「あの日の島武意海岸」in積丹~北海道の風景~
暗いトンネルの前後には 別の世界が存在する
そう言って 彼は
ふさぎこんでいた私を連れ出した
その日はあいにくの雨
美しい景色など期待せず
自分の手すら見えない予想以上に真っ暗闇のトンネルは
私に恐怖ばかりを植えつけた
ここを通るからこそ感じる景色がある
そんな彼の言葉を聞きながら手を引かれ歩いた
目の前がひらけた瞬間 言葉は失われた
そこには確かに別の世界が存在し
私は不思議な空間に立っていた
広がる藍色の激しい海
断崖には濡れるエゾカンゾウ
険しく切り立った岩に囲まれた入り江に大きく打ち寄せる波
雲間から神が降りてきそうな光のカーテン
その光の中にぽっかり浮かぶ虹
あの日 手を繋いだまま
何も話さずしばらく立ち尽くしていた
景色の画の中に入りこんだ私が見えた
あれから何度かその海岸に足を運んだが
いずれも晴天だった
全く違う顔をして その海はその岩は
ただ爽やかに存在していた
あの日泣いていたエゾカンゾウは会うたび笑っていた
違う表情をしていても美しさは変わらない
晴れやかな笑顔のほうが喜び人は集まるだろう
けれども、
あの雨の中 ふたりで見た景色だけは
永遠に心に残る画となって
激しいうねりの中にあるからこその光を
今も私に もたらし続ける
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