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『薫風』

ひとりぼっちの隅っこを
風がふわーっと揺らしてゆく
あっという間に帽子が空へと舞う

流れていく雲の隙間に
昼間の白い月が見えていたあの日
私はまだほんの少女だった

帽子はゆっくり樫の木に座る

お気に入りのワンピースは
黄色の花びらがひらひら動くたびに
ふくらはぎがくすぐったい

泣いていたのか
笑っていたのか

みんなと遊ぶ輪から離れて
こちらへ走ってくる見知らぬお兄ちゃん
「持ってて」と透明なラムネの瓶を私に渡して
樫の木へすいすいと登っていく

見上げると
揺れる緑が煌めいて 眩しかった
その中で
私の帽子をつかまえて お兄ちゃんは笑った

憧れ、という言葉を覚えた 遠い夏の日

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