すべては神事のように。
紅葉が美しく煌めく、軽井沢の森のなか。
内側から、根本から、概念を覆された。
先日、11月初旬の昼下がりに体感したことが素晴らしすぎて、言葉にするまでに時間がかかってしまった。
私はこれまで、地球の、人間としての本当の楽しみ方を、全くもって理解していなかった...。
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ぽかぽかとした陽気が木々を包む。
凛とした、ほかのどの地域とも違う澄んだ空気が漂う軽井沢で私たちを迎えてくれたのは、「かほりとともに、」を主宰する沙里さん。
初めてお会いしたけれど、とってもキュートで純粋で、(友人がそう言っていたように)本当に妖精のような人だと思った。
私たちは沙里さんのアトリエの周りの木々たちを散策して黒文字や山椒を愛で、その個々の香りの違いを楽しんだあと、アトリエに案内してもらった。
キッチンでお料理をしていたのは、沙里さんとともに活動をしている、田代りえさん。同じように、妖精のような、とても真っ直ぐな人だった。
その美しいアトリエをみて感動しきりの私たちに、沙里さんが、オルガーノ(調香台)に並ぶ香りのなかから、私たち一人一人のイメージの香りを選んでくれた。
「香りをきく」。
彼女は香りについて、そう表現をする。
香りを嗅ぐと、それに合った音階が浮かんでくるのだそう。
彼女のアトリエには、自然から蒸留した香りたちが、ずらりと並ぶ。
そのひとつひとつを、彼女は愛おしそうに眺め、扱い、香りをきく。
私の香りは、“ Violet Leaf ”だった。
「初対面だけどこんなイメージだから...」と渡してくれたその香りをきいた途端、私は思いがけず号泣してしまった。
それが何故だか、今になってもはっきりとその理由は分からないけれど。
私の根源のようなものを、一瞬で理解して差し出してくれたような気がした。(彼女は、私が選んだんじゃなくて、香りが呼んでいたの、と言っていたけれど。)
亡くなった祖母の香りを思い出し、そのあとすぐに、もっともっと懐かしい何かが、胸に込み上げてくるのを感じた。
その香りは、私が抱くセルフイメージよりも、もっと甘くて、可憐で、やさしかった。
そうして皆の香りをきき、わいわいとたくさんの話をしたあと、りえさんの美しいお料理をいただいた。
りえさんは、自然のなかから香りや、味を摘んできて、それを最高の形でお皿の上にのせる。
彼女の感性から紡ぎ出されたそれは、美しくて美しくて、いのちの喜びそのものでしかなかった。
煌めく木々のゆらゆらとした影が、グラスに映る。みんなできゃっきゃと笑いながら、お料理を口に運ぶ。
先程、沙里さんが私に選んでくれた、Violet Leafの香りとともに、お料理を口にしたとき。
それは衝撃の感覚だった。
衝撃、というほど激しい感覚ではないのだけれど、静かにゆっくりと、私の五感を形容しがたい新しい感覚が包んだ。
実際の身体感覚も変わる。ずしりと重くなったと思えば、次の瞬間にはふわりと浮かびそうなほど軽くなる。
これは、本当に、すごい。
本当の意味で五感を使う体験は、脳や思考の比ではない。
私は今まで、本当の意味で五感を使ったことがなかったのだと思う。
視覚や聴覚はもちろん日常的に使ってはいたけれど。
嗅覚、触覚、味覚、すべての感覚を同時に使ったときの素晴らしさと言ったら。
ああ、なんという世界......
地球ってこんなに楽しかったのか...。
ーーー
この素晴らしい体験から一夜明け、ぼんやりと前日の体感を思い出していたとき。
ひとつのフレーズが頭に浮かんできた。
「すべては神事のように。」
お二人は、お互いにくすくすと笑いながら、それはそれはとっても楽しそうに、自然から蒸留した香りと、季節の恵みのお料理を私たちに分けてくださったのだけれど、そのすべてが美しく、無駄がなく、そしてとってもユニークだった。
妖精たちが森のなかで遊んでいるかのようで、ああ、彼女たちは地球を最大限に楽しんでいるんだ、と思った。
私も暮らしのなかで、ごくまれに、すべての物事がぴたりとはまり、1つのことに集中し、しかもそれを楽しめている、という感覚になることがあった。
いつでもその感覚で日々の暮らしを送りたいと思っていたけれど、その感覚をどう形容するか思い当たらずに、だから掴みきれず、どうしたらその感覚になれるのか、自分でも分からなかった。
「丁寧に暮らす」も「スローライフ」も、言葉としては素晴らしいけれど、わたしの中ではしっくり来ていなかった。
そうか。これだ。この感覚だ。
「神事のように暮らす」感覚。
そうすれば自然と背筋は伸び、足運びも無駄がなく、呼吸は深まり、集中しながらも、遊びを楽しむ余白もある。そんな感覚。
もちろん特定の宗教についてのことを言っているわけではない。
でも、彼女たちが体感させてくれたそれは、まさに神事だった。
これから私は、地球を楽しもうと思う。
今回の旅で、その道筋の光を見つけた。
私を軽井沢に連れて行ってくれた友人たちも、それはそれは素晴らしい女性たちで、これから彼女たちとともに、その感覚を具現化するあるプロジェクトをはじめる。
いのちが煌めくような。地球で思いっきり遊ぶような。人間としての感覚を、解き放つような。
私たち自身が楽しみで仕方がないから、この楽しさをみんなで共有できたら、喜びは何倍にもなるんだろうな。
沙里さん、りえさん、この先の未来へ残せるものを、紡ぐために生まれてきたのかもしれないと思うほどの、煌めく体験を、ありがとうございました。
母になってちょうど四年経った日に。
2021.11.11 林 理永
それではまた!