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パキスタンでの人脈① -最初の選択

パキスタンという国に興味を持ったとき、パキスタン人の知人がいるわけでもなく、仕事で関わっていたということでもなく、とにかく何もわからない、情報がない状態からスタートしました。

そのため、私のように丸腰で、しかも生活に関することもビジネスに関することも情報が極端に少ない異国に、しかも初めての海外生活となる場所に少しでも早く馴染むには、現地でビジネスをしている日本人から直接話を聞こうと考えました。

というか、そもそもパキスタンってどんなとこ?と、直接自分の目で見てみたかったのです。でも、調べれば調べるほど、バックパッカー系の情報か国際結婚で現地に住んでいる人の情報しか出て来ず、出張情報とか何もないし、治安的にもどうやら一人でフラッと行けるような国ではなさそう。。。

そんなとき、タイミングよくJETROの2014パキスタン・ビジネスミッションの案内が商工会議所から届き、すぐに申し込みました。参加者は大企業さんばかり。当時は治安も悪く、パキスタン出張を禁止にしている企業さんも多かったところに、英語もできない謎の零細ベンチャー企業の女がポツっといるわけで、とりあえず駐在員さんたちの記憶には残った様子。

その後、このJETROミッションで知り合った通訳さんと共に、ほぼ毎月のように、格安航空券と14~36時間超えの乗り継ぎなど、時間とお金と体力を駆使して、カラチ・ラホール・イスラマバードなど主要都市を訪問。街の雰囲気と、その土地で力を持っている民族、政党など特徴を得た上で、確かにどこよりも治安面での緊張感はあるけれど、商売をするならやっぱりカラチだなと決めました。それ以外には、日本人も他都市より多く(それでも日本人会に登録されていた人は200名いなかったですけど)、何より食事が辛いけど一番美味しい都市だったのもあります。

その後、JETROカラチの所員さんから「うちでも展示会出展などの助成金はありますけど、JICAさんがF/S調査などの中小企業向け海外進出支援のスキームを持っているので、説明会に行ってみてはどうですか?」と、情報をもらい、東京で開催される説明会に参加しました。

そのスキームに応募するには、一緒に動いてくれる開発コンサル会社を見つけなければなりません。説明会の後に名刺交換会があり「時間はかなりかかると思いますが、パキスタンで感染症対策など医療、願わくば教育をリンクさせた活動がしたい」と言うと、どの人も「えー!パキスタンですか...ちょっとうちでは対応できないですねぇ...」という反応しかない。会場ももう撤収作業に入っていて、これは無理かなぁと思いつつ、手持ちの名刺残りあと一枚を使い切って帰ろうと、たまたま目があった女性に「あの...パキスタンで...」と、ダメ元で声をかけました。

すると、その女性はびっくりしながらも大きな笑顔で、「私、以前イスラマバードの日本大使館にいたんです!可能性もある素敵な国なのに誰も行きたがらないです。やりましょう、パキスタン。行きましょう!」と、最後の最後で、元パキスタン駐在員という頼もしい開発コンサルタントさんと出会ったのです。

そしてその後、約3年かけて三度目の正直で、JICAの基礎調査スキームに採択されることになり、その間でもご縁はどんどん拡がって行きます。それは②へ続きます。


初動でこれはラッキーだったなと改めて思うこと。

・最初にJETROという公的機関を頼ったこと。そのおかげで、通常だったら中小企業が接することのない、メーカー、商社など大手日系企業さんと知り合うことができ、パキスタンでの会社経営での経験・苦労、住居、移動、セキュリティなど、生の声を各社の駐在員さんたちからいつでも聞けるようになった。その後も展示会出展費用の助成金などで、何度もお世話になりました。

・きっかけがJETROなので、日本政府や商工会議所の現地カウンターパートも頼れたこと。地理的に、最もお世話になったのはカラチ総領事館。ビジネス相談や人脈紹介などもそうですが、本格的に引越しをした2016年は、当時79歳の母親も一緒に連れて行ったので、母もまとめて面倒を見てもらいました。PJBFという商工会議所の現地カウンターパートにもコンタクトでき、困ったことがあればローカル企業のトップたちに相談できたのも良かった。

・同じくこのミッションの共催が商工会議所なので、運よくパキスタン政府と日本政府との経済会議を傍聴させてもらえた。その時に、パキスタンで最も信頼される日本人ビジネスマンと知り合い、そのご縁で通常は中小企業は参加できないカラチ日本商工会にオブザーバー参加させてもらえるようになり、より詳しい情報も、各企業の支社長さんたちとのご縁も得られた。先進国〜途上国まで、各国で駐在していた方々の話は、本当に勉強になります。

・JICAに採択されたこと。これはもう、圧倒的な信用度。何処の馬の骨かもわからん私に、初めてできた後ろ盾と言っても過言ではなかったです。対日本人ではそれは顕著ですし、対パキスタン人でも社会福祉活動などをしている人たちは仲間として見てくれる。さらに、この企画書を作成する予備調査の段階で、病院や保健省などの政府機関、著名NGOなどとアポがサクサク取れるので、そこからパキスタン国内の医療関係は人脈が一気に拡がりました。第一線で活動するJICA専門家のみなさんにも知り合うことができ、苦労話しもワクワクする話も共有してもらえて、心が折れそうな時は大きな励みになりました。




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