「関係性萌え」の観点から見るバンド論 後編
前回までのあらすじ!
同郷✖︎ショタ✖︎悲劇という萌えの三色丼みたいな2人がバンドを結成して、結成して5年で世界を制覇したドン!
世界制覇を果たしたBeatlesは世界中どこにいってもファンが絶叫しながら集まるので、もう入れる会場が無えよって事で、球場でコンサートを敢行します!
今では普通ですが、PAシステムが未発達な当時は異例中の異例とゆうか反則技なんです。クソ貧弱な球場のアナウンス用のスピーカーから音出してたらしいですから。
ホラ、わかりますか?
ドラムにマイク立ってないんです。コーラス用のマイクしか。
これは200人入ったらいっぱいのライブハウスです。ドラムに何本もマイク立ってますね。
そのレベルでもPAシステムとマイクは必要なんです。
で、ドラムにマイク無い状態で数万人がみんな本物のBeatlesを観て絶叫する訳ですよ。
何にも聴こえてねえだろ絶対。
てゆーかメンバーもほぼ何も聴こえねえだろこれ。良くて電車の隣の人のイヤホン音漏れレベルでしょ…
他にも理由沢山あるけどそんなこんなでライブしたくねえってなったビートルズはレコーディングメインの活動になっていきます。
パートナーからライバルへ
この頃からレコーディングにおいてもポールはその発言力を強めていき、リーダーであるジョンとのパワーバランスは最早対等になっていきます。
※萌え解説のアルクタスさんです。腐女子です。
2人で膝を突き合わせて曲を作る事も少なくなり、お互いがお互いの世界観をより強めていきます。
もはや兄と弟。先輩後輩ではなく、同じバンド内のライバルのような関係です。音楽史に残る天才が2人も同じバンドにいるって状況がそもそも異常なんですが。
※個人的にはこの時期の楽曲が最強なんですがね。
そして遂にバンドの音楽的なリーダーはポールへと移っていき、ポール主導でアルバム「sgt.peppers lonley hearts club band」を作り上げます。
そう。「歴史上最も偉大なアルバム」とかのランキングやらせると大体一位にいるあのアルバムです。
人気で世界を制覇し歴史を変えたBeatlesは、アーティストとしても歴史に残る偉業を積み上げていきます。
もう向かうところ敵なし、BTSとテイラースウィフトを合わせても勝てないくらいの存在になったのですが、バンドの内部は静かに壊れていきます。
すれ違う2人
ジョンはオノヨーコという女性との出逢いをキッカケにその意欲をBeatles以外の方向へ向ける事が増えてきました。
音楽的にも、ジョンの曲とポールの曲は一聴して分かるほどにその方向性が別れていきます。
すんごい雑にいうと、ポップでドラマチックなポール。アバンギャルドで斬新なジョン。って感じです。
※この説明だけで一記事書きたい!けど先に行く!
↓ポールの真骨頂 クソ美メロ
↑このジョンの曲とか後のハードコアパンクとかに滅茶苦茶影響あったと思ってる。
一般の方にBeatlesで好きな曲を聞くと8割がポール曲。ミュージシャンに聞くと8割がジョン曲って話もあるくらいです。
この時期になるとどちらかの曲のレコーディングにどちらかは参加すらしないという状況も出てきます。
小さな部屋で曲を作り上げていた2人の少年の姿はもうそこには無く、カラーの違う2人の天才が同じ名前のバンドにいるだけです。
これに危機感を感じたのはポールです。もう一度駆け出しの頃みたいにバンドとして一丸となろうよ!あの頃に戻ろうよ!ジョン!帰ってこいよ!
ポールは「ゲットバック」という企画を立ち上げ、もう一度メンバーで一丸となってアルバムを作り上げよう!と語りかけます。
「get back」でポールはこう叫びます
戻ってこい 戻ってこい
もとの場所に戻ってきな
戻ってこいよ ジョ…
帰ってきてあの頃みたいに一緒に笑い合おうよ。兄貴。
しかしポールの「良いアルバムを作る」という拘りがメンバーの不興を買い、結果的に溝をさらに深める事となり、ビートルズは終幕を迎えます。
最後のアルバム「let it be」に収録されている「two of us」でポールはこう歌います。
僕ら二人、他人が必死に稼いだ金を使って
あてもない旅をする
君と僕、日曜のドライブ、どこにも辿り着かず
今は帰る途中
世界中の栄誉と富を手に入れた、だけどどこにも辿り着けなかった。
本当はこの辺りでもう1人のギタリストのジョージの才能が爆覚醒して、クソ名曲を連発する話とかも書きたい!
でも先に行く!
Beatlesはその活動に幕を引きます。
それぞれのメンバーは音楽活動を続けます。
ジョンは妻となったオノヨーコと共に音楽活動に加え反戦運動にも力を入れていきます。
そんな最中ジョンはソロアルバムのある楽曲の歌詞でポールを痛烈に非難します。
「お前の名曲なんて「イエスタデイ」だけじゃん」
「おだてられて天才だと思ってんだろ?」
「長年一緒にいたのに、進歩なかったな」
ポールも自身の楽曲でやり返します
「君はチャンスを自分で潰したんだ。間違いの始まりだ」
「君を友達だと思ってのにがっかりだ。犬は(ビートルズは)3本足じゃ歩けない」
更にポールのソロアルバムのジャケをおちょくるジョン。
駆け出し時代に寝食を共にし誰にも相手にされない苦労を乗り越えて手を携えて、世界一のバンドとなった少年達は、お互いを憎み、傷つけあいました。
しかしジョンは周りの人間がポールを悪く言うとこう怒ったそうです
「あいつの悪口を言っていいのは俺だけだ」
彼は親友なの?と聞かれるとこう言いました
「オレは親友以外とどう喧嘩したらいいかわからない」
それから数年、ポールからジョンに電話がありました。内容は他愛もない話。
「ジョン子供産まれたんだろ?うちも育児中でさ…どんな感じ?」
30代後半になった2人。小さなキッカケで仲は修復していきました。そしてポールがジョンの家を訪れる事もあったようで2人でテレビを観ながらこんな話をしたそうです。
「あーこの番組さ、ビートルズを再結成して出てくれってオファーあったんだよ。断ったけど」
「へー…じゃあさ!今から2人でスタジオ突撃する?」
「それ、面白いじゃん!」
これは結局実現はしませんでしたが、憎み合っていた二人はまた友人として始まりました。
1980年12月8日 ジョンレノンは妻のオノヨーコの目の前で狂信的なファンに撃たれてその命を終えました。
彼が生きていたら、再結成はあったのか。考えても無駄ですが、考えずにいられません。
ただ、ジョンはその命が尽きる数時間前にインタビューにこう答えています
「俺の人生で最高の選択が二つある。オノヨーコ。そしてポールマッカートニーだ」
2人が出会った教会は今もリバプールにひっそりと佇んでいます。
ポールがその後リリースした「here today」という曲の一部和訳を載せておきます
「君の事はよく解ってる」なんて言ったら君は何て言うかな?
多分君は笑いながら「別の世界にいるけどな」とか言うんだろうな
とにかく音楽に夢中で、いっつも一緒に歌ってたね
一緒にめちゃくちゃに泣いた夜あったよね?
君は笑って側にいてくれた
今だから言うけど、
君は最高だよ 君がここにいてくれたら…
もう泣くのを我慢するのはやめたよ
愛してるよ
君がここにいてくれたら
いかがですか先輩?
本当に僕ね。ここまでドラマチックなバンド他に知りませんよ笑
いやー!書きたい事書いた!楽しかった!最後まで読んでくれた方ありがとうございます!もし曲は知ってもこういうドラマは知らなかったって方いたら読んだ後にまた聴いてみてください!
次はだいぶ砕けたnoteになると思いますがまた読みにきてください!