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続・ディスレクシア(読み書き障害)と私
2年前ほど記事で、私がディスレクシア(読み書き障害)だと書いた。その記事の終わりでは私が読み書き障害で散々悩んでいたが、今は読書のコツを掴んで本を読むのが好きになっている…という感じで終わらせていた。
しかし、前回の記事では、私がどうやって読書のコツを掴んだのかを書いてない。そこらへんを濁らせて終わらせてしまった。なので、今回は読み書き障害と知ってから自己流の読書のコツを掴むまでの話をせっかくなので書こうと思う。
まず、前回の記事を覚えていない方への説明を兼ねて、私の読み書き障害の話をざっと少し触れよう。
私は、幼少期から本を読むのが苦手だった。国語の授業なんて、教科書を音読するのが上手く出来ず、苦痛で仕方がなかった。読書に対して強い憧れがあったが、読むのに相当時間がかかる。読むとめまいや頭痛などの症状が襲い、身体に物凄く負担がかかる。でも、それが当たり前だと思い込んでいた。
そうして、今から10年以上前。発達障害だと診断した当時の主治医に読み書き障害だと言われてから、私は他人より本を読むのが困難なのを自覚した。でも、自覚したからとはいえ、いくら私が読み書き障害であれ、本を読むのを諦めるのが嫌。だから、元々家にあった小説を読んでみようと何度もページを開いて挑戦をしていた。
だが、やっぱり読みづらい。文字がブレて見える。段落を飛ばしそうになる。すると、目が疲れる。めまいがしてきて、目に入ってくる文字が痛く感じる。こんなに身体(特に目)へ負担をかけてまで、文字を読まなきゃいけないなんて。周りの人達はこの負担がないなんて、とてもじゃないが信じられなかった。いや、そんな生まれつきが私にあるのを信じたくなかった。
また当時の私は、精神科の薬を過剰に投与されていて、眠気もキツく、学生時代の頃よりもさらに本を読みづらくなっていた。でも、どうしても本から離れたくなかったので、小説などの文庫本を避け、文字数が少ないファッション雑誌や漫画などをちらちら読むようになっていった。
当時の主治医が曰く、私の感情を安定させるため、強制的に軽い鬱状態にさせ、落ち着かせるために薬を処方していたが、主治医から処方された精神科の薬のせいで、脳内で文字から入ってくるものに対して想像を働かせるのも、難しかった。
だが、医師による薬の過剰投与とも、徐々に母が心配をして、医師の過度な薬の処方に口を出すようになってから、7年くらい(☆1)かけてやっとお別れできるようになる。
そうやって、やっと脳内がスッキリし始めた頃。
本が読みづらくて読めないモヤモヤとした気持ちを紛らわせるかのように映画やドラマを意識的に観ていた私は、再び本を読むことに挑戦し始めた。技術の発展もあり、私が再び挑戦する頃にはKindleなどの電子書籍が登場していた。
さっそく、電子書籍を使い、本を読んでみる。
「おおお。」と最初は感動した。紙に書いてある文字より、電子書籍の文字のが読みやすい。だが、やはり文字を追うのに精一杯で内容が入ってこない。なぜ、本を読もうとしても内容が入ってこないのだろう。
そのとき、読み書き障害にはオーディオブックが役立つという情報が私の耳に入ってきた。
だけど、もしこれが上手くいかなかったら。
「もしかしたら、電子書籍なら大丈夫かも…。」と電子書籍に甘い期待を抱きすぎていたせいか、電子書籍でも読みづらいという現実が嫌で仕方がなかった。ここで、オーディオブックが私に向いてなかったら、技術が発展しない限り、読書を諦めなきゃいけないのかなと感じていた。そのような不安もあってか、なかなかオーディオブックに手を出せずにいた。
しかし、そんなことを言っていられない。最終手段として使ってみよう。これで無理なら、本を読むのを諦めるしかない。不安に駆られつつも、サンプルでオーディオブックを使ってみる。
あれ、脳内に音声が入ってこない。いや、オーディオブックの音声が気になりすぎて、内容が入ってこない。オーディオブックの読み方が気になりすぎて、言葉よりも音やリズムなどを一々気にしてしまう。
無理だ。
絶望感でいっぱいだった。私にはやはり読書は無理なのか。本は私を拒絶するのか。もう、読書を諦めるしかないのかなと思いながらオーディオブックを試しているときに、脳内からヒュッと何かアイデアが浮かんでくるような風が吹いた。
音が気になるなら、自分で音を作ればいいはず。なら、脳内で歌を歌うように文字を読めばいいのでは?
実は、私は聴覚過敏が酷い。そのせいなのかわからないが、私は耳で何でも記憶するタイプなのだ。
そういえば子供の頃、ピアノ習っていた私は耳で弾く音で覚えていたため、よくピアノの先生に「楽譜を見なさいー!」と怒られていたくらい、耳を頼りにして何でも記憶していたな。絶対音感もあったしな。そういえば、学生時代のテスト勉強も、文字は殆ど書かずに脳に叩き込んで覚えていたな。覚える単語の響きを重視しながら、ポンポンと脳に記憶していたな。
もしかして、それが関係しているのでは…?
タンタンタン…と、脳内に音を響かせるように意識する。ひとつひとつの文字に音やリズムなどを勝手につけながら、歌を歌うかのように文字を読む。すると、文字が脳内にスルッと入っていく。段落を飛ばしそうになっても、この方法ならすぐ間違いに気付きやすい。あれ、前よりも本が読みやすくなっている。
試しに、目の前にあった小説をもうちょっと読んでみる。すると、物語の世界が広がっていく
あまりにも本を読むのが楽しくて一気に読みすぎてしまい、次の日身体が動けなくなってしまった。一気に読みすぎて、本に触れる時間が多すぎたせいかもしれない。そうやって、失敗しながらも色々と実験して読む感覚などを学びつつ、1日に触れる時間と休憩などをある程度決めて読むようになったら、身体への負担も軽くなり、今ではほぼ毎日何かしら本を読めるようになった。
今年になって本が読みやすくなってから、今まで読みたかった本を買っては、少しずつ消化している。なかなか勉強したくても続きは本でしか得られなかったため、勉強するための本ばかり読んでいるが、たまにエッセイや小説も読んだりしてすごく楽しいのだ。
本屋に行って、次に読む本を一冊買い、読み終えそうになったら次の本を買って。こんなに本を楽しく読める日々が私に訪れるとは思ってなかったので、毎回本屋に行くたびにとても嬉しくて仕方がない。
ただ、誤解をしないでほしい。私は負担を減らす読書のコツを少し掴んだだけで、完全に負担なし読めるようになったわけではない。今でも、読みづらいのは当たり前で、その読みづらい環境で負担を少し減らすコツを掴んだだけなのだ。文字は未だにブレるし、ずっと文字を読みすぎると寝込んでしまう。
過剰に文字を摂取しないように気をつけて。
歌を歌うように読んで、本のページをめくる。
まさか、読書のヒントが音楽だと思ってもなかったが、何かしらで好きなものは繋がっているのだなと思いつつ、今日も脳内で歌声を響かせるように本を読み歌う。
☆1)補足: 当時の医師は、減薬を指示するのはできるが、方法を知らなかった。そうなると、減薬方法を自力で編み出すしかない。そうやって、自力で徐々に減薬し、薬を必要最低限まで減らすことに成功し、今の主治医のところに転院した。
私の発達障害についての記事はこちら
アセクシュアル・今の恋愛や性愛について書いた記事です
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