父と母、私が5歳の頃から母の両親祖父と祖母も一緒に同居していた。兄妹は上から、長女・長男・次男・次女・三女・私を入れて6人兄妹だった。 祖父は戦争を経験していて、とても頑固で、よく飼っていた猫を薪ストーブに使う火バサミで追いかけて叩いてた記憶がある。だから私は嫌いだった。8月になると、終戦記念日のドキュメンタリーを見ながら、眼鏡の奥が涙で濁っているのを毎年見ていた。口数は少なく、食べるご飯は決まって魚で、カレーライスやお肉は食べなかった。そしていつも寂しそうな目をしていた。
母からは「りんちだよ。」初めて知った難しい言葉だ。兄からは「父さんとよんじゃだめ、おやじだよ。」意味もわからず、たくさん味方がいる場所にいないと父のような扱いを受けるのではないか?と、心の中でパパと呼びたかったけど、親父と呼ぶのも子供ながらに違和感を感じ“ねえ“とか”あのさ“でやりすごしていた。姉からは「話しちゃだめ、シカトだからね。」と、初めて自分の意思ではなく、人を無視することを覚えた。あまりいい気分ではなく、ものすごく悪いことをしている気分だった。だから我慢が出来ず、甘