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【小説】女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜⑤

この小説は、スタエフで市場性と逆算思考さんが配信されている妄想ネットフリックスドラマ「女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜」の解説をベースにし、もしも妄想ネットフリックスドラマがヒットしてノベライズが発売されたら、という更なる妄想をもとに書き下ろした内容の第5話です。
内容は実際の人物、団体等には一切関係ありません。

元となった市場性さんの配信はこちら

前回のストーリーはこちら
1話から読む場合はこちら。

今回、あがき先輩は「阿賀先輩」としています。
では、本編どうぞ。

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女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜 第5話
原作(仮想ドラマの語り部) 市場性と逆算思考
ノベライズ キモトリコ
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「さっきの発言、ありえなくないですか?」
オフィス街の一角にあるイタリアンは、平日の昼どきということもあり近隣に勤める会社員ーーそれも女性ばかりで満席になっている。
ランチセットのミニサラダをわしわしと食べながら、清野は同じ会社につとめる先輩の阿賀と木本に向かって午前中の会議の不満をぶつけていた。
「ニヤニヤしながら『清野さんは色々大変だと思うからこの件は菅田くんに任せるね』って。お二人とも聞いてました?」
「聞いてたよ。でも部長の言う通り、プロジェクトリーダーやるのは今の状況だとしんどいんじゃない?夜も突発対応とかあるし」
「私も木本さんの意見に賛成。清野さん、復帰してからもうすぐ半年だよね?保育園一年目はやばいよ。特に冬。インフルエンザにノロ、ロタ、これでもかってくらい病気もらってくるもん。私も有休足りなくなりそうで、在宅勤務使って乗り切ったけどさ。ちびっ子家にいえると仕事にならないよ」
「そうですけど……菅田くん、まだ5年目ですよ。それでリーダーって。私なんて10年も勤めてるのに、なかなか昇格もしないし」
清野は不満そうな様子でサラダを平らげ、セットのパンに手を伸ばした。
「それにしても早くパスタこないですかね。これじゃパンでお腹いっぱいになっちゃう」
木本と阿賀は、じゃあパン食べなければいいのにと言いたげに顔を見合わせる。
「私も清野さんの気持ちはわかるけど、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。会社員って短距離走じゃなくて、マラソンだから。とりあえずレースから脱落しないように自分のペースで走ったらどうかな」
「木本さんはご主人が協力的だし、チームリーダーまで昇進してるからそうやって余裕なんですよ。私なんて、いつリーダーになれるんだろ。あーあ、女って損ですよね」
清野はここぞとばかりに日頃の鬱憤を口にする。
「だいたい、保育園の呼び出しってどうして最初にママに電話するんですかね。別にお迎えに性別関係なくないですか?病気の時はママが一番って意味わかんないです。時短だって男性が取ったっていいのに、結局子供産んではたらこうとすると女性にばっかり皺寄せが行くんですよ」
「でも旦那さんの方が給料多いんでしょ?時短代わってもらったら家計のダメージ大きいよ」
「それはそうですけど……」
清野は、不満げに口をつぐんだ。
(やっぱり、この人たちは分かってない)
清野は現状を割り切って受け入れている目の前の先輩たちが理解できなかった。子供の頃から親に言われた通りに一生懸命勉強して、いい大学に受かって、入りたいと思っていた会社に総合職として入社した。仕事も男性に引けを取らないくらい精一杯頑張ってきた。なのに、ただ女であるというただ一点だけで、不当な扱いを受けている。なんでそのことを不満に思わないのだろう。子供は夫婦のもので、平等に育てるべきであり、そうであるなら女性だけが育休を取ったり、時短勤務を強いられるのはおかしいのではないか。
「女性が会社の出世競争で不利なのはそう思うし改善は必要だと思うよ。でもそれはそれとして、産休や育休は楽しくなかった?会社辞めるか子供産むかくらいじゃない、大人になってこんなに仕事休めるのって」
「あ、わかります。会社員の資格を維持したままでの長期休暇最高でしたよね」
「私、二人目の育休中にパン焼くのにハマっちゃって。どんどんのめり込んで、最後の方はレーズンで自家製酵母起こして、手ごねで焼いてたよ」
「相変わらずですねぇ。私は子供とベビースイミング通って、お陰で自分も泳ぐようになりました。体動かすっていいですよね」
「プールいいね、私も再開しようかな」
木本と阿賀が育休期間を懐かしく振り返っているのを、清野は冷めた気持ちで聞いていた。自分はそんな風には思えなかった。子供と自分だけがあらゆるものから断絶されて、どんどん社会から置いていかれる気がして、不安だった。会社に復帰した時に困らないようにって、勉強も怠らなかった。新聞を読み、英会話アプリを継続し、子育てや女性の働き方についてあらゆる情報をインターネットで収集した。
だから、私は出会えたのだ。あの人ーー麻生さんに。
「清野さんは?育休中って何してたの?」
「私は……」
この人たちに何か言っても伝わらない気がしたが、清野は話してみることにした。
「あの、BCって知ってます?」
「びーしー?」
「あ、なんか聞いたことある。ポッドキャストみたいなやつでしょ」
「そうです。育休中はそれで、音声配信聞いてました。ちーさんとか有名人も配信してるし、普通の会社員の人とかも発信していて、すごく参考になるんですよ。あ、じゃあMFはご存知ですか?」
「そっちは知らないなぁ」
「MFも音声配信アプリなんですけど、BCと違ってこっちは誰でも配信できるんです」
清野は1ヶ月前からMFで聴くだけでなく自身も音声配信を始めていた。まだフォロワーは30人程度だが、麻生さんに取り上げてもらった配信がランキングに載ったこともある。そのことを、清野はまだ誰にも話していなかった。自慢したい気持ちと、聞かれたくない気持ちの間で心が揺れ動く。この人たちは、私が会社以外でも活動の場を持っていて、そこで認められ始めていることを知ったら、どんな反応をするんだろうか。イキイキと輝く、もう一人の私を知ったなら。試してみたい気持ちがむくむくと膨れ上がる。
「それで、実は私もちょっと前からBCの方で……」
「お待たせしました、パスタランチのBセットです」
タイミング悪く、店員が割り込んできてしまった。木本や阿賀はパスタに注目していて、清野の言葉の続きを気にするそぶりもない。
「スモークサーモンにしてよかったですね。めちゃくちゃ美味しそう」
「でも白ワイン飲みたくなっちゃうね」
「ダメですよ、午後も仕事です」
「えー。一杯くらいわかんなくない?それか一緒に午後休取ろうよ」
「そんなことで貴重な有休使えません。ねぇ、清野さん、不良リーダーになんか言ってやってよ」
「え?あ、業務中にアルコールはダメだと思います」
「はいはい。二人とも、分かってますって」
冗談か本気かわからないやりとりを見ながら、清野はやはりこの人たちに話しても無駄だと思う。目の前の楽しみばかりを追って、時間を無益なことに使ってなんとも思わないような、そんな人たちとは分かり合える気がしない。本当の私を分かってくれるのは、麻生さんと、コミュニティの仲間たちだけだーー。来週はいよいよ、麻生が主催する、とある講座の説明会に参加することになっている。講座の説明会は、必ずや会社を辞めて自分らしく働くための第一歩となるだろう。清野はそう確信していた。木本や阿賀とこうやってランチをとれるのも、もしかするとそんなに長い期間ではないかもしれない。
「そういえば、清野さんさっき何か言いかけてなかった?」
「いえ、大丈夫です。大したことじゃないんで」
清野はパスタを食べながら、自身の頬が緩むのを感じていた。

第6話に続く。


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