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短編小説 「ビジターズ」 【全編】

短編小説 「ビジターズ」 前編、後編をまとめたものです。

 夏の強い日差しがカーテンの隙間からさし込むリビングで、高木ゆきは一人汗だくになりながら、部屋で探しものをしている。

 「ピンポーン」

 チャイムが鳴った。ゆきがドアフォンのモニターを見ると、そこにはスーツを来た男性が写っている。

 「すいませーん。少しお時間宜しいでしょうか?」

 ゆきは返答せず、汗を拭い、作業に戻った。だが、販売員らしき男は、しつこくチャイムを鳴らし続ける。

 「ほんの少しだけで良いです。お願いします」

 ゆきは辺りを見回し、少し考え込んだ後、半ば諦めた表情で、乱れた髪を整え、玄関へと向かう。

 扉が開き、疑った表情のゆきが顔を出し、「なに?」と答えた。販売員は深々とお辞儀をしてから、笑顔で「ありがとう、ございます。お手間は取らせません。私黒田と申します」と言いながら、名刺を渡した。

 「株式会社ハリウッド・サプリ…?」

 ゆきが名刺に書かれた会社名を読みあげた。

 「最近、眠れない日々が続いておりませか? 当社ではハリウッドのセレブも愛用している特殊なサプリを輸入販売しておりまして、是非奥様にも一度使って頂きたく。また、当社の商品は、サプリと言っても飲むタイプですので大変飲みやすくできております」と黒田が捲し立てた。

 歳は30代半ばだろうか。スーツ越しでも分かる鍛えられた身体付き、整えられた髪、自信に満ちた顔つき、いかにもやり手の販売員といった容姿だ。普通の主婦であれば、淡い邪な期待を持つ人などもいるのだろう。そんな事を想像している自分に可笑しさを感じ笑みが溢れそうになったが、気を取り直し、「そう言うのは、大丈夫です」ときっぱりと断りを入れた。

 しかし、扉を閉めようとしたが、動かない。黒田と名乗る販売員は、靴で扉を押さえていた。

 「ただいま1本無料ですので、ぜひお試しだけでも。飲んで頂き、もし気に入らないようであれば、すぐに退散致しますので」

 ゆきは、探しものが終わっていないリビングを気にかけるが。このままではこの販売員が帰らないであろう事を察し、「飲みますけど、本当に買わなくても良いんですよね?」と念を押した。

 黒田は扉をぐいっと開き、「もちろんでございます」と言い、満面の笑みを浮かべながらサプリドリンクを差し出した。

 ゆきは嫌々ながらキャップを開け、早くこの男を帰らせさせたい一心で液体サプリをぐいっと飲み干す。その時だった、ゆきの予想だにしない事が起きたのは。扉が大きな音をたて閉まった。ゆきは驚き前を向くと、そこには先程までいた笑顔の販売員の姿は無かった。黒田は冷酷な顔つきへと豹変し、ゆきの口を押さえ、右手に持ったアーミーナイフを首元にあて、「声を出すな」と告げたのだ。

ゆきは自身が今、強盗にあっている状況なのだと気づくまで数秒を要した。

 「この家には何もーー」

 「黙れ。今ここにはお前の他に誰かいるか? いたら頷け。いなかったら、首を横に振れ」

 ゆきは、暫しの間を起き、首を横に振る。

 「ねぇ、この家は私のーー」

 「黙れって、言ったよな」

 黒田はゆきの言葉を遮り、「今から手を離すが、声を出さずに振り向いて、部屋の奥へ行け」と命令する。

 黒田が手を離すと、今度は命令通りにゆきは声を出さずに振り返り、奥へと進んでいく。

 「騒いだ瞬間に刺すからな」と常套文句を囁きながら、辺りを警戒し黒田も後に続いた。

 リビングに辿り着くと、驚いたのは黒田の方だった。床には割れた花瓶や、机の上にあったであろう物が床に散乱としている。

 「なんだ? 派手な夫婦喧嘩でもしてたのか?」

 辺りを見回す黒田の隙をゆきは見逃さなかった。棚の上に置いてある鋏をそっと手にする。 

 「なにしてる? こっちに来い」 とゆきを怒鳴りつけるが、怒鳴り声はすぐさま叫び声へと切り替る。振り向きざまにゆきは、黒田の太ももへ深々と鋏を突き立てていた。続けて、落ちているガラスの灰皿を素早く拾い、黒田の頭を殴打した。

 床へ崩れ落ち、痛みに耐えかね暴れる黒田にゆきは素早く覆い被さり、黒田が落としたナイフを奪うや否や、胸に突き刺そうとする。

 「ふざけんなよ、この野郎」

 過去の強盗の際、多少の抵抗や反撃を受けた事はあったが、大半は怖さで何もできない者たちばかりで、ここまでしっかりとした攻撃を受けたのは黒田にとって、初の経験だった。

 「ん…」

 歯を食いしばり、精一杯の力でゆきはナイフを握る手に力をいれる。頭と足の痛みから、思うように力が出ない黒田は徐々に焦りを見せていく。

 「ま、まて。 待ってってば。ちょっと、落ち着け。なぁ、落ち着けって言ってんだろ」

 歯が黒田の服を貫通し、肌に触れた。

 「いでぇよ、待てって。ざけんな、こら」

 必死の形相のゆき。ズブリと刃先が突き刺さり、黒田も覚悟をし始めた時だった。ゆきは急に糸が切れた人形の様に力が抜け、覆い被さったまま倒れた。

 ゆきの口元から吐息が聞こえると、黒田は安堵した。

 黒田の強盗の手口は、サプリと偽り睡眠薬を飲ませ、寝ている隙に物色し、金目の物を奪うというものだった。大抵疑って飲まない者が多いが、その時は力ずくで行使していた。今回は女が飲んでくれた事が、結果、黒田自身を救う形となった。

 脱力した人の身体は事の他重く、力を込めゆきの身体を押しのけた。痛みを堪えながら、鋏を抜き、立ち上がる。

 「ったく、なんなんだよ、こいつは…なんなんだよ。くそっ」とゆきを蹴りつけ、黒田は叫んだ。

 足から流れる血が止まらなかった。止血用の布を探し、辺りを探すが見当たらない。リビングの奥に別の部屋への入り口を見つけ、扉を開けた。だが、部屋の中を見た黒田は思わず閉めてしまう。

 「なんなんだよ…何がどうなって…」

 混乱したまま扉を再び開け、覗きこむ黒田が見た光景。それは猿轡をされ、手足を拘束されている中年男女の姿だった。二人は必死に何かを訴えかけているが、猿轡で聞き取れない。

 いくら考えても答えはでない。煮え切らない想いを抱いた黒田は、思い切って男性の柄猿を外してみた。すると、「ありがとう。叫び声を聞きつけて助けに来てくれたんだな」と意外な答えがかえってきた。

 「助け…?」

 「ああ。あの女がまさか強盗だったとは…単なる営業の女だと思って油断したばかりに。でも、安心してくれ、何とか警察に連絡はしておいた。もうじき来るはずだ」

 黒田が男性を見ると、手にはスマホが握られている。黒田は自身の状況を漸く飲み込み、「くそっ、まじか…」 と思わず嘆いた。

 遠方からサイレンが聞こえてくる。戸惑う黒田の後方、ゆきが倒れこんだままの状態で、力強く鋏を掴んだ。

おわり


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やじま りこ | 小説
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