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小説 「シャークス・ラブ」 VOL.27 [完]

春の日差しが喫茶店の窓から差し込み、その光がテーブルの上のアイスコーヒーの氷を溶かし「カラン」と小さな音が鳴る。

村上が、灰皿においた吸いかけの煙草の火が消えかけるのにも気づかず、机の上の原稿に向かって悩みながら必死にペンを走らせている。

入り口のドアベルが鳴り「マスター、こんちは。アイスコーヒーね」と軽い調子で佐藤が入ってきた。

いつもの様に佐藤は村上が座るテーブルに向かい合って座るが、村上はそれに気づかない程集中して書いている。

佐藤が煙草に火をつけ「どう?終わりそうなの?」と聞いた。

村上は佐藤の問いには答えず、書きながらぶつくさと小声で独り言を言いながら、時間をかけ原稿を読み返し「…よし」と小さく言った。そこで、ようやく佐藤に気づき「ああ、来てたのか」と声をかけた。

「きてたさ。で、終わったの?例の脚本」
「ああ、まだ見直すところはもちろんあるが、たった今できた」
「そか、よかったじゃないさ。思ったよりも早くできて」
「早くなんかないよ。シルベスター・スタローンは『ロッキー』をたった三日で書き上げたんだ。それに比べたら」
「そこ比べる?比べるところじゃないさ。とにかく、おめでとうでいいっしょ?」
「ああ、まだ書いただけだけどな」
「村上にとってはそれが大事なことだったんでしょ?まなちゃんも葵ちゃんも振ってまで、いや振られたのか。まぁ、恋愛を捨ててまでやりたかったんだからいいじゃないさ」
「…ああ、そうだな」
「もう、吹っ切れたでしょ?」

村上は無言で答えない。

佐藤が呆れた様子で「え?まだどっちかに気持ち残っているのさ?」と村上に問う。

「…いや、それはない。今は映画に集中するって言っただろ?映画を作るために頑張っているのに、他に時間を割いている場合じゃあない。大変なんだ、これから、もしこの脚本が通ったとしても、キャスティング、スタッフ集め、ロケハン、やらなきゃいけない事は鬼の様にあるんだ。だから、今はどっちに気持ちが残っているとかそいういうことじゃあない」
「はいはい。そうだね、でも?」
「でもも何もない」
「ほんとに?」

村上は気持ちを落ち着けるかの様に、煙草に火をつけ、煙を吐く。

「いや、気持ちがどうのこうのでなくだな。つまり、その、これは」
「なにさ?」
「この気持ちはだな、だから、そう、生理現象。そう生理現象だから、どうしようもない。人間として生きる上の本能だろ。以前、鮫の話をしただろ?鮫にしろ、どの動物にしろ、不思議なことに親に教えてもらう訳でもなく、自然と覚える。これは本能なんだ。どうすることもできやしない」
「だから、つまり?」
「鯔のつまりだ、やりたいもんはやりたい。かな?」
「だと思ったさ」と佐藤はニヤけながら言った。

「なんだよ、その見透かしたような笑みは。だけどな、それすらをコントロールして、こうやって今頑張っているんだ。それどころじゃあないんだよ。わかるだろ?映画を頑張る時なんだよ。恋愛に、エロにうつつを抜かしている場合じゃあないんだ」
「ま、そうだよな。そっか。じゃ、今夜合コンの誘いあるんだけど、村上行かないなら他の人誘いに行くさ」

「行く」村上は間髪入れずに答えた。

窓からの春の風に飛ばされそうになる原稿の一枚を村上が咄嗟に抑える。
くしゃくしゃになった原稿には、薄く黒ずんだ消しゴム跡の上に「シャークス・ラブ」の文字が書かれていた。

おわり

<やじま りこ 短編小説>


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