小説 「シャークス・ラブ」 VOL.25
いつもの喫茶店のいつもの席に落ち着いた様子で村上は、タバコを吹かす。ただ、その向かいの席にはいつもの親友の佐藤の姿は無く、元カノの葵がいる。
マスターが葵の前にアイスティーを置き、村上にはホットコーヒーを差し出した。いつもなら「サンキュー、マスター」の気軽な一言があるはずだが、村上からは何も発せられない。マスターは二人を一瞥すると店の奥へと去っていく。
重い沈黙が流れる中、村上の背後の席には村上を背合わせするように佐藤の姿があった、何が起きているのか分からず、挙動不審な表情が隠せない。佐藤が前を見ると、更にその挙動不審さに拍車がかかる。佐藤の目の前には村上の今の彼女である、まなが冷たい視線を佐藤の背後の村上に向けて投げかけていた。
村上からの電話を佐藤が受け取ったのは昨夜の事だった。「葵と別れるから、立ち会ってくれ」聞いたことの無い真剣なトーンで言われ、つい引き受けてしまったが、まなまで呼んでいることは知らなかった。しかし、もう言葉から逃れる術はなく、佐藤は狼狽えるしかなかった。
「別れてくれ」村上が葵に切り出した。
「え?今日呼んだ理由ってそんなことだったの?どうしたの突然。いいじゃない。何か都合が悪いこと、バレたりしたのかな?今の彼女に?」
「あ、いや、そうだけど、そうじゃない」
「じゃ、なんで?それに別れるも何も、もう別れてるし」
「いや、そうなんだが」
「今は身体だけの関係でしょ。セックスして気持ち良くなってるだけでしょ?何が悪いの?」
「蛇に睨まれた蛙とはこのことか」まなの向かいに座る佐藤の頭の中にはそれしか浮かんでこなかった。背後の会話を聞き、鬼の形相をしているまなの表情を見て、一人、滝のような汗を流している。
「違うんだ。そうじゃない。確かに気持ちいい、身体の相性がいいかもしれない。ただそれだけだ。現在の俺に必要なのはそんなことじゃなかったんだ」
佐藤は「ごほん!」と下手な咳払いをして「頼むから、もうこれ以上話さないでくれ」と強く願う。
葵は咳払いを気にも留めず「何よ、そんなに気持ちが大事だっていうの?」と村上に迫った。
「違うんだ。そうじゃない」
葵、まな、そして佐藤は村上の不可解な返答に首を傾げた。
つづく