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小説 「シャークス・ラブ」 VOL.26

「君への気持ちは本当だ。葵と浮気した事は悪かったとしか言いようがない。ただ気持ちは君にある。それは神に誓って本当だ。ただ、いまはそれ以上に、映画なんだ。葵への時間も、君への時間もいまの俺には無いし、時間をかけたいのは映画なんだ。それがやっと分かったんだ。だから、俺と別れてくれ」

まなはしばし呆然と村上を見つめた後、深い溜息をつくと、笑みを浮かべた。向かいに座り、その笑みを見た佐藤は、これほど恐ろしく冷たい笑みを人生の中で見たことは無かった。

「あなたが何に時間をかけたいのかはあなたの自由。それで別れたいっていうのも、もちろん自由。だけどね、裏切った事は全く別の話。それを正当な理由にしないで」と言い終わるや否や、テーブルの上のグラスを手に取り、勢い良く村上の顔めがけ水をかけた。

言葉を失う村上の肩を葵が背後から叩く。水浸しの村上が背後を向くと、葵からも勢い良くグラスの水を浴びせられる。

葵も明らかな作り笑いをして「ほんと最低ね。身体だけならいいって思ったけど、自分勝手なだけじゃない。私にも彼女にも失礼だよ、それ」と言い放ち、息を合わせ、70年代のスパゲッティウエスタンの主人公かのように、颯爽とまなと葵が店を出ていく。

店内には水浸しで肩を落としている村上と、何を発して良いのか分からず戸惑う佐藤が残された。

「いや、なんだ、その、ほら、あれだ、昔のドラマみたいだな、水かけらるのってさ」

「なんだそれ?」と自身の言葉に佐藤はつっこんだ。
「…ああ、安いドラマだったな」と村上が言うと、無性に可笑しさが二人同時に込み上がっていき、大笑いをする二人。

そこへ足音が背後から近づいてくる、笑うのを止め村上と佐藤が振り向くと、そこにはマスターがタオルを持って立っている。

「いいんだよ、それで。男はさ。あるんだ、そいいう時が。お前は今やっとスタートに立てたんだ」と伝え、村上にタオルを手渡し、また奥へと去っていく。

二人は無言でマスターの少し寂しそうな後ろ姿を見つめた。窓の外には季節にはまだ早い雪がちらついてきた。

つづく


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やじま りこ | 小説
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