リアルタイム小説 「ロストセルフ」 第一章
リアルタイム形式で掲載した「ロストセルフ」をまとめたものです。
◻️第一章 【目覚め】
8月3日 14:59
「ここはどこだ?」 と呟き、男は見知らぬ場所で目を覚ました。二日酔いで寝ぼけているなどではなく、意識ははっきりとしていた。寝ているソファ、向かいにはテレビ、角にはベッドがあるが、どれも見覚えがない。戸惑いながら、起き上がり、身の回りを確認した。
8月4日 0:24
男は気がつくと、夜の繁華街を歩いていた。「さっきまで部屋にいたはずなのに、いったい何が起きているんだ?」ビルの壁に寄りかかり、頭を抑え困惑した後、咄嗟にスーツの内ポケットを探り、財布を取り出す。中には数万円と免許証。「希崎進」とそこに記載されている自身の名を読み上げた。
8月5日 0:25
目を覚ますと、今度は電車に乗っていた。また記憶が飛んでいた。だが、部屋や繁華街の様子、そして自分の名は「希崎進」であると言う事の記憶は残っている。「なぜ一定の記憶だけが…」と疑問を抱きつつ、希崎は次の手がかりを探る。「また記憶が飛ぶ前に、何でもいい。手がかりを見つけーー
8月6日 1:30
口の中に肉汁が広がっていく。次に希崎が気がついた時、それはハンバーガーにかぶりついている最中だった。何か手がかりを探らなくては、との思いが過ったが、意識を保つ時間が数十秒しかない事と、ハンバーガーの美味さに負け、今回はこのまま、この味わいを楽しむ事に決めた。
8月6日 23:40
「聞いてるの?」 女性の声がスマホから聞こえた。できるだけ情報を得なくては。「ごめん、何の話だったかな?」 女は呆れた口調で答える。「ほんとに聞いてなかったの? 明日の時間、覚えてる?」 「時間?」「ウェディングプランナーとの時間だよ」 どうやら俺は結婚するらしい。
8月8日 1:29
息苦しい。希崎が目を開けると、そこは水の中だった。ゴボゴボと大量の空気が口から漏れていく。混乱の中、何かを掴み水面に浮上した。希崎が息を大きく吸い込み、咳き込みながら見た光景。そこは海でも湖でもなく、浴槽だった。自身が何者なのか探る間もなく、意識を保つ時間が終わっていく。
8月8日 14:40
「…と言う事で、残念ですが…」と白衣を着た人物が希崎に告げた。辺りの様子からここは病院らしい。「残念とは?」 医者は傍にいる看護士を一瞥した後、希崎を見つめ、「余命です。ご希望があったのでお伝えしますが、再度行った検査の結果、貴方ーー
8月9日 16:35
自身の部屋らしき場所で意識が戻る。「もうじき死ぬのか、俺は…」 結婚、死。一日に十数秒しか記憶が保てないという事実だけですら、受け入れるだけでやっとだった矢先に突きつけられる新たな事実の数々。だが、希崎の目は希望を失ってはいなかった。「何か意味があるはずだ」と呟いた。
8月10日 23:30
目が覚めたが、もう何が起きても動じないと心に決めた希崎は冷静でいた。今までの状況をもう一度、頭の中で一瞬で整理し、前回の目覚めの際に立てた仮説を元に、とある人物に携帯で急ぎ、メッセージを送った。それは、自分自信に向けてのメッセージだった。
8月11日 23:57
目覚め、携帯を確認すると、自分からの返事が来ていた。「君が察する通り、君はもう一人の僕だ。希望を失い耐えられなくなった僕の心が君を作り出したようだ。僕も君が目覚めている時の記憶は無いが、目覚めると救われた気持ちになっていた。しかし、それも終わりだ。明日になればーー
8月13日 0:49
目が覚めた。しかし、鏡に写る自分は記憶を失っていたもう一人の自分ではなかった。事実が分かり、二人は一人の希崎に戻ったのだ。同時にそれは希崎が全てを理解し、事実を再認識する事にもなった。余命を宣告されていたのは希崎本人ではなく、婚約者の方であるという事実を。
— 第一章完 —