腕時計
高校へ入学すると、
腕時計が、必要になる。
母から私へ贈られた腕時計。
それは、祖父から母へ贈られた腕時計であった。
フランスのデュポン社製
細くて小さいスクエアの文字盤。
おそらく1950年代のものだったのだろう。
1982年。
時代は、松田聖子 セイコーのピコレ、
デジタル腕時計。
高校一年生の私は、
腕時計の良さも、ありがたさも
感じることなく
デジタル腕時計が欲しかった、と
母に言ってしまった。
その年の夏。
部活終わりに腕時計をみたら
止まっていた。
壊れたのか。
壊してしまったのか。
この古い腕時計の良さを知ったのは、
二十歳を過ぎた頃だったか。
ユリ・ゲラーが来日。
テレビの前で壊れた腕時計を握りしめ
奇跡を信じて、一心に念じた。
しかしながら、動きだすことはなかった。
駅前の時計店にもっていったが
残念だけど、部品がなくて修理できない
と告げられた。
そして、20年ほどの時は流れ。
会社からの帰り道、
東北沢駅、踏切近くに古い時計店。
傘をさしながら、ショーケースをのぞくと
そこには、母から贈られた腕時計があった。
デュポン社製ではないが、
古いセイコー社製。
店の主は、86歳のおじいさん。
そしてまた、15年ほどの時は流れ。
最近、腕時計の調子がよろしくない。
西荻窪、商店街の時計店。
時計職人は、96歳のおじいさん。
ていねいに、親切に
修理をしていただいた。
おじいさんの腕時計。
朝と晩。
時を愛おしむように
やさしく、ネジを巻く。