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タンゴを踊るには二人

……というのは協力して事にあたることの重要性を言うことわざですが、一体どうしてアルゼンチンタンゴが二人で踊られるのか、考えたことがありますか?
(タイトルイメージ by Maksym Kaharlytskyi

 答えは、タンゴはいくつかのヨーロッパ系の男女がペアで踊るダンスが、その音楽の調性・曲の構造などと共に、主にグループで踊られるアフリカ系のダンスのステップとリズムと融合してできたから、です。(関連記事はこちら

 この「ペア」という単位はヨーロッパ社会の基本ユニットです。今のヨーロッパは個人主義で離婚率・非婚率も高いんじゃないの? と思われる向きもあるかと思うのですが、ペアという考え方は、そういう統計数字に反映される現象より大きな概念なのではないかと思います。女王様の晩餐会からご近所主催のバーベキューまで、社交的なイベントの出席者にペアがいないという事はまずなく、「シングルオンリー」のパーティーでも、ちょっと話が弾むと、これ昨日のやり取りよ、なんてTinder の画面を見せられる羽目になったり。今はシングルでも以前はペア、将来的にペア、ジェンダー色とりどりでペア……。ペアとしての自分、って言うのが、足が2本あるというのと同じくらいのレベルで受け入れられている。コレってすごくない? と感じるのは私が、個人の次は家族でペアと言う単位は形だけの日本社会で育ったからでしょうか。

 日本に限ったわけじゃないかもしれませんが、個人の次で安定するのが三人以上のユニットになる文化の人がしっくりくるダンスは、おそらくコミュニティ型のダンスだろうから(盆踊りとか)、ペア型のタンゴは踊る前から平均的日本人にはハードルが高いわけですね。パートナーのエスコートが練習しないと様にならないなんて言うのも、さもありなん。

 そういう文化の違いを超えてタンゴは世界中で踊られているのだから、それでいいじゃん、と言えばそれまでなのですが、ペアあり文化の人のタンゴとの付き合い方を見ていると、ペアって言うレベルが個人の中でどういう風に機能しているのか透けて見えることがあって面白い。

 ジェスというカナダ人の女性と会ったのはブエノスアイレスのミロンガダンスホールです。ダンスをしたことがなかった自分が如何にアルゼンチンタンゴを発見したか、タンゴのどこに魅力を感じているか、なぜどうしてもブエノスアイレスに来たかったのか……彼女の話は続きます。声も瞳も柔らかくて、魅力的な人だなあ、なんで一人で踊りに来たのかな? 周りはほっとかないだろうに、と私の好奇心野次馬心も高まります。

「ミロンガでのダンスパートナーは(タンゴ一曲分の)3分間は本当のパートナーなのよ」ジェスは言います「だから誰と踊るか慎重に選ぶし、踊っている時は自分を相手に『開く』わ。そうでないと、本当のコネクションはできない」

 ふむふむ。でも、そういう風に誰かと自分を深くシェアする、ってことに引っかかってタンゴを敬遠する人もいるんじゃないかな? ダンスパートナーが自分の恋人とかじゃない場合もあるわけで……。

「(微笑)でもね、タンゴは生活を共にするリアル・ライフパートナーとの関係にもいいと思うよ」

 例えば? 

「生活の中で嫌だなと思うことがあっても、それをどう言えばいいのかとか、言うタイミングとか難しいとか、あるでしょ?」

 うんうん。

「そういう時、言葉とかイラついた仕草にする前に、待って、私はここにいるんだよ、っていうところから始める」

 そういって、彼女は「私はここにいます」オーラを放って見せました。

「それから相手をちゃんと見て、相手も自分を見るようにする」

 あ、カベセオ

「何か言うならそれから。(繋がっているから)相手も私の言うことが聞こえるし、私も相手の言うことがよく聞こえる」

 なるほどー。そういう風にワンクッションおく!(ある時切れて叫んでも相手は何でそんなに怒ってるの?反応で、余計に腹が立って険悪になるばかりの人は……私です。大反省😓)でも、うまくコネクトできない時は?

「.....(そんな関係)続ける意味あるか、って考える😉」

 ジェスにとって二人というユニットは、終着点ではないけれど、無視すると一人の時もたくさんの人といる時もどこかギクシャクしてしまうような、大事な安定点なんだと感じます。タンゴでダンスパートナーとコネクションをつくるということは、一人と三人以上の間に3分間限定で緩衝地帯をつくることなのかもしれませんね。そこに逃げ込めるから、一人の時も、恋人といる時も、家族やみんなといる時も、いろいろあっても何とかなる。

 そう考えると、タンゴってペアなし文化の人にもすごい便利じゃないですか。一人ぼっちと家族やグループの間で消耗しがちな時なんか「ホッとできる場所」は案外簡単にミロンガで作れるかもしれないわけで。赤の他人今日初めて踊る人とコネクション⁇ と始めはその無防備さに戸惑うかもしれないけれど、大丈夫、空は落ちてこないTango nada más

 こっちに来る前にボーイフレンドと住んでたアパートは引き払ってきたの。これからどうなるかはわからない。どうするかも決めてない、とジェスは言いましたが、彼女のこと、全然心配していません。だって、きっとミロンガで磨きをかけた技で、一人か二人かみんなとか、どこかの安定点に戻ってこれてるだろう、って思うからです。
©2024 Rico Unno

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