目は口ほどにものを言う
目で誘う、なんて健全な社交にあるまじき? ところがですね、アルゼンチンタンゴのダンスパーティでは踊りたい相手を目で誘うんですよ。カベセオ(cabeceo)と言いまして、カッコいいって言えばいいんですが、わかりにくい時もあって……。
(タイトルイメージ from Un tango más)
まずは映画『ラスト・タンゴ』の予告編の冒頭25-30秒あたり、ミロンガで若い2人がカベセオを交わすシーンを見ていただけると、どういう感じかわかりやすいと思います。順を追って見てみると:
1.踊りたいな、と思う人と目線を合わせる
2.踊らない?と言う感じでリーダーがうなづく
3.いいわよ、と言う感じでフォロワーがうなづく
こうして合意ができてから、リーダーがフォロワーの方に歩いて行き、ダンスフロアにエスコートして踊り始める、という誘い方です。
でもこれ1940年代の再現シーンでしょ、そんなの今もやってるの? って? はい、今でもやっております😅。でも、普通に「踊りませんか?」と話しかけて誘うのも(たいていのミロンガでは)OKなので、カベセオでないと...…などど堅苦しく考える必要はありません。
話しかけて誘う・誘われるだけでもハードル高いのに、アイコンタクトでなんてとてもとても、って? わかります~。うまくいかなかったらどうしよう、って恐怖感ありますよね(ああ、思い出しても赤面の失敗の数々...…)そこで以下に(個人的反省も踏まえて)カベセオ成功へのヒントを少し。
口は目ほどにものを言う
映画『ラスト・タンゴ』の本編をご覧になった方は覚えておられるかもしれませんが、このカベセオのシーンの直前、フアン(演ずるは Juan Malizia)は他の女性を誘って踊りますが、あまり満足できるダンスができなかった。その一部始終をマリア(演ずるは Ayelén Álvarez Miño )はずっと見ていて、次は私と踊らない? と言う感じで視線を泳がせている。そして上手く彼の視線を射止めたところで、
😊😊😊にっこり!😊😊😊
重要ポイントは口元、口角を水平より上に持ち上げること、です(タイトル写真を参照)。特に東洋系の顔立ちは(つけまつげを張って目力上げても)目の表情が読みにくい。なので、口元でもはっきりシグナルするのが重要なんです。
誘う方は、ダイレクトに誘って断られる危険を避けるため、まず目でシグナルしているわけなので、...…彼女と踊りたいけど、踊りたいのか、踊りたくないのか、楽しんでいるのか、いないのか、表情から読み取れないな~、となると、やっぱ、誘うのやめとこう、となってしまいます。
なので、ミロンガではまず「私は楽しんでいるわよ」とシグナルをわかりやすく出しておくのが◎(例えばの参考ビデオはこちら)。楽しさのオーラが出てる所にリーダーのカベセオは飛んできます。また、目当てのダンサーが他の人と踊っている間にチャンスを捉えて視線を合わせ😊で「あなた素敵なダンサーね」「次は私と踊ってくれたらうれしいわ」とシグナルしておくのも◎。
目当てのリーダーがカベセオしてくれた時は嬉しさでぴょんと立ち上がりそうになりますが、そこはこらえて座ったままで。また、シグナルされたのが自分かどうかわからない時も、あせらずに座ったままで。手でバタバタ「私?」などとサインしなくても、リーダーがこっちにやってくるうちに自分なのか隣の人なのかゆっくりと明らかになりますので、リーダーが自分の目の前に来て「では...…」とエスコートの手を差し出してから(世界中の注目を一身に集めて光り輝いている感じで)立ち上りましょう。あなたのオーラをリーダーが一瞬楽しんで「見よ、僕と踊るこのひとを!」って感じでダンスフロアにエスコートしてくれたら大成功🎊(参考ビデオはこちら)。
少なくても、エスコートを待つことで、自分への招待じゃなかったのに立ち上がって気まずくなる危険は避けられます。自分じゃなかったら、アラ残念、じゃあ今度ネ、と余裕でやり過ごしましょう。
リーダーの「エスコ-トできない問題」に関しては他で既に述べられていますのでそちらをごらんいただくとして、フォロワーの「エスコートぶっち」(リーダーが手を差し出しているのに、一人でダンスフロアへスタスタ……😭)も避けたいところです。テレるのかもしれませんが、ここはひとつ、誘ってくれたリーダーへの感謝も込めて、踊る前から特別な瞬間を演出しましょう💝
逆に、踊りたくない時や踊りたくない相手からカベセオをもらった場合、視線を逸らす・知らん顔するのは「(今は)踊りません」とはっきり意思表示をしただけなので、失礼ではなく何の問題もありません。
リーダーのカベセオ
この映画のカベセオシーン、リーダーの方にも参考になる事がいっぱい。ミロンガにやってきたフアンは女のコたちが自分に注目しているのをよくわかっていて、ごく気軽に最初の人と踊り始めるのですが、かみ合わず、思うようにうまく踊れない。オレはけっこう踊れるんだぜ、と思っている彼にしたら、ちょっと悔しいというか恥ずかしいシチュエーションです。何人かの女のコたちは視線を逸らしてクスクス笑ったかもしれません。それでもマリアが彼に真っすぐ視線を向けているのに気づいて、彼は、よし、じゃ踊ろうぜ! と気負いを捨ててシグナルする。
こういう自然体の招待は最強です🌹 (スパっとフォロワーに届くので、断られにくい、たとえスルーされても、ちょっと肩をすくめて次にいける、等々)。そんな、ミロンガで自然体なんて無理ですよ、誰かが自分の踊りを見てるかもって思うだけでも体がこわばるのに、って? ソレわかりますが、リーダーの緊張はフォロワーにも伝染するので、やっぱりここは肩の力を抜いて、口角上げてスマイル、スマイル。スキをつくって粋に抜けて。ウィンクなどの小手先の技もあり。今日から鏡の前で笑顔とウィンクも練習しましょ。
また、カベセオはリーダーの間でも交わされます。典型的な例は、動いているロンダに入りたい時です。その場合、まずリーダーはフォロワーとロンダの際に立って、斜め後ろから近づいてくるペアのリーダーの目を見ます。彼が視線に気づいて、入っていいよ、となったら、うなづいたり目で合図して速度を緩めてくれたり、仕草で「どうぞ」と促してくれますので、「ありがとう」とうなづき返してロンダに入るわけです。
一方、カベセオを待たずに入ったら(スペースが空いているように見えても、そこであるステップとしようと思っていた)踊っているリーダーのプランをぶち壊しにしたり、最悪ぶつかるなんてことにもなりかねません。なので、多少待つことになっても、カベセオしてから入るのが◎。このことを教えてくれた人は「(そういう周囲の)いろんなことに対応できる奴(=上級者)がロンダの外周で踊る、ってことになってるのさ」とも言っていました。なるほどー。
人生何事もタイミング
こう見てみるとなかなか合理的なのに、カベセオが敬遠されがちなのは、わかりにくさの他にもいくつか理由があるように思います。一つは「目引き袖引き」ではないですが必要以上にセクシャルな感じがすることです。しかし歴史を振り返ってみると、カベセオは売買春限定のマナーであったわけではありません。
二十世紀初めのタンゴ全盛期、年頃の子供をもつ親たちは、子供たちが「不健全な世界」に引き込まれては……と神経をとがらせ、どこのミロンガは行っちゃダメ、ならず者と踊っちゃダメ、などと言うだけでなく、ミロンガに付き添ってくることもありました。踊りたくてうずうずしている若い娘の横に、不機嫌な顔の母親がデーンと座っている……。これは娘を誘いたい若者には高いハードルです。ママの視線の警戒網をかいくぐって、ねえキミ、踊らない? ええいいわ、もちろんよ! と若い二人の間でカベセオが交わされてから、礼儀正しい振る舞いで若者が母親に挨拶し、許可を得てから娘にダンスを申し込む……つまり、カベセオは当時の社交規範にそった誘い方の一部であったわけです。
まさに Mama...¡Yo quiero un novio! の世界ですが、タンゴやミロンガの慣習には、歴史的背景から今も続いていることが割とあります。
カベセオが敬遠されるもう一つの理由は逆に現代的で、ジェンダー不平等な感じがすることです。ダンスへの招待を受ける、受けない、の最終決定権はフォロワーにあるのですが、リーダーが誘ってくれることが前提だし、今も大多数のリーダーは男性でフォロワーは女性のことが多いので、リーダーから誘うカベセオはどうしても男性優位な感じがするからです。
でもリーダーから誘うというのには、ちゃんと理由もあります。それは、ミロンガではリーダーが即興で振付するので、まず彼らがかかった音楽を聴いて、こういう風に踊りたい、と大まかなイメージを決めるとこからすべてが始まるからです。当然、リーダーたちは、この曲だったらAちゃんと踊りたいな、とか、Bさんみたいな人と踊ったら映えるだろうな、とかも考えるわけです。ミロンガでは同じタイプの音楽が3、4曲続けてかかり(タンダといいます)その間は同じパートナーと踊るのが一般的なので、リーダーは一曲目の頭を聞いてどういう風にそのタンダを踊るか決めてからパートナーを探す、つまりカベセオするわけです。そのとき、振り付けの意図に合わないと、熱心な視線に気づいていても、ごめんね、となってしまうこともあるのだそう。(スタイルのいい美人ばかりを追っかけているわけじゃなかったんですね😅)
この様なタンダの仕組みがあるので、フォロワーのほうも、デ・アンジェリスだったらわたしよ、とか、ワルツはまかせて! のように得意なダンスがはっきりしていると、このタンダでアタシを誘わない手はないでしょ的オーラも自然と強力に。いきつけのミロンガだとリーダーもフォロワーの得意を知っててくれて、「これは君と踊りたかったんだ!」なんて言われた日には、日々のストレスも吹っ飛ぶこと請け合い。
リーダーの方も得意があると、そのタイプの音楽がかかったとたんにホール中から熱い視線が飛んできて、一週間どんなに仕事が忙しくても擦り切れない粋とセクシーさを一気にゲットできます(ホントです)。
なんか話がそれてしましたが、はい、カベセオ、情熱のありったけを目に込めて踊りたい相手を見つめる、って言うのとはちょっと違う、ということがわかっていただけたかな、と思います。(そんな目で見られたらちょっとコワイ😅)カベセオが届いているかどうかわからない、とか、スルーされちゃった、など、上手くいかないのもゲームの内。くさらず次に行きましょう。別の人と踊って楽しかった、なんてこともあるわけですし。
踊る踊らないにかかわらず、素敵な時間を過ごすために集まった人たちの輪に加わるやり方の一つとしてカベセオもあるので、それだけ取り出してもあんまり意味はない。普通に話しかけて誘ったり、フォロワーからリーダーを誘える「ヴィーナス・タイム」や、くじ引きでペアを決めるゲームなど、ミロンガ主催者もいろんな趣向を取り入れています。え、それでもややこしいですか? スミマセン、そういう遊びなんですよ~。
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