【ミュージカル】『Chess the Musical』はチャレンジが詰まったエンターテイメント
ドラマや映画のレビューが続いたので、ミュージカルの事も書かなくては!
今年は2月の終わりから多くの劇場がクローズになり、その後、約5ヶ月にわたって、完全に劇場の灯が消えていた時期がありました。こうして文字にすると、たった5ヶ月か。。。と思うけど、当時の心境としては、再開の目処が立たない5ヶ月は本当に長かった。
そんなわけで、劇場がクローズになる前、というと、ずいぶん昔の事のように感じますが、クローズ前、最後に観た来日キャストのミュージカルが『Chess the Musical 』でした。
この作品は、冷戦時代のチェスによる米ソ対決をベースにしたミュージカル。音楽を手がけたのはなんと当時のヒットメーカーABBA。ABBAの楽曲といえばミュージカルとしては「マンマミーア!」が有名ですが、「Chess」のような重たいテーマの作品を、見事にエンターテイメントに仕立て、魅せる事に成功しているのはやはり音楽の力だと思います。不思議と耳に残る名曲のオンパレードで、サントラを聞いているだけでもワクワクする!
初演はガチガチの冷戦時代ど真ん中の1986年。世界を二分する冷戦の最中に、それをネタにしたミュージカルが作られたわけで、物語の中のチェスの勝負とはいえ、勝った負けたとなる企画考えた人、なかなかのチャレンジャーだなぁと思います。
ウエストエンドの初演から2年後にはブロードウェイで開幕。冷戦終結を待たずにワールドツアーがスタートしています。
ブロードウェイからワールドツアーと上演を続けて行く中で、オリジナルからだいぶ手が入って、度々演出が変更になったと言われてはいますが、ワールドツアーでは、東西どちら側の国々でも上演されています。時の政治やカルチャーを風刺する演劇は昔からありますが、ちょっとした事で理不尽なまでに「炎上」したり、潰れるまで叩かれる現代よりも、当時の方がもしかするともっと寛容な時代だったのかもしれません。とにもかくにも、この作品は、作られた経緯、上演の歴史ともチャレンジングな作品と言えるのではないでしょうか。
2020年、日本で上演された本作品は、非常ににユニークな座組みでした。
メインキャストの多くは、ウエストエンドの役者さん。
メインキャストの一部と、アンサンブルは日本人キャストという、日英合同キャストでした。
アンサンブルと言っても、大きな作品でメインキャストを務めた経験のあるような方が、ゴロゴロ出ていて、日本的には、かなり贅沢なキャスティング。
もちろん、セリフも歌も全て英語。日本人キャストの皆様は、相当苦労されたと思いますが、全体ナンバーでも、クリアに歌詞が聞こえてきたし、素晴らしかった。
また、ダンスが独特で難しい。いや、曲が難しいからダンスが難しいのか。ダンスだけのシーンでも見応えがありまくりです。
歌にしろダンスにしろ、アンサンブルのレベルが、作品自体のクォリティを支えているのだと改めて思い知らされた作品でした。
英語圏ではない日本での合同キャストは、日英双方にとって大きなチャレンジですが、それもまたこの作品の運命なのかなと思います。
ソ連側のチェスの世界代表アナトリー役はウエストエンドの大スターラミン様。
日本でも、多くの女性ファンを魅了するミュージカル界の宝です。
私にとっては、数年前の「エビータ」以来、2度目のラミン様。
今回は「エビータ」のワイルドなチェとは全く異なる役ですが、美声は健在。ワイルドさと知的さのバランスが程よい役者さんだから、どんな役でもカッコよくハマります。それでいて、「何をやっても結局ラミン」という事にはならない。ちゃんと役が見える。上手い役者さんだなあと思います。
対するアメリカ代表のフレディ役には、日本では初お目見えのルーク•ウォルシュ。ヨーロッパ人からみた「感じの悪いアメリカ人」って、こういう描き方になるよなぁとクスッと笑えてしまったから、たぶん成功してるんだと思います。もちろん、フレディはフレディなりの闇を抱えていて、嫌味なばかりではないのですが。ルーク・ウォルシュは、ベテランのラミンとタッグを組むには、経験でもネームバリューでも格下にはなりますが、だからこそ若さと闘志剥き出して向かって行く役柄が、ぴったり。こういう思い切ったキャスティングも、やはりこの作品のチャレンジスピリットのなせる技なのかなと思います。
その他のメインキャストの方も、本当に魅力的な方ばかりでしたが、やはりこの公演のMVPは、ストーリーテラーでもあるアービター役、佐藤隆紀さん。通称シュガーさん。
日本人キャストの中でも、ダントツで台詞が多い大役を見事に全うされてました。レミゼなどで、何度か観てる役者さんですが、ここまで存在感のある役者さんだとは思っておらず(失礼!)、今回はいい意味で裏切られました。英語はあまりお得意ではなく、丸暗記で演じてらっしゃるとおっしゃってましたが、どこまで本当でどこまでが謙遜なのか。
劇中と観客の世界を行き来しながら、日本人ではない「西洋感」みたいなものを纏った謎の人物アービターの世界観は、なかなかつかみどころがなさげ。下手な人がやったら、単調で個性がなく役としてもつまらないと思うのですが、シュガーさん本当に当たり役でした。おそらく、今回のキャスト陣で、1番チャレンジしてたのは、このシュガーさんではないかと。
この役、日本語だったとしても、難しい。それを全編英語なのに引き受けたシュガーさんのチャレンジ精神に拍手。
「Chess the Musical 」は、よくよく思い返して見ると、海外キャストで観た今年唯一のミュージカルになってしまいました。
なんだか信じられない思いです。
来年予定されてる来日公演の作品はどうなるのだろうと、私ごときが心配してもしょうもないけど、来日公演も、海外に観に行く事も、普通に出来る世の中は来るのだろうか、と考えると鬱々としてしまいます。
でも、思えば、あの劇場が閉まった5ヶ月間も、そんな気持ちで過ごしていました。
そして、少なくとも日本の舞台は、元通りとはならずとも、なんとかまた息を吹き返しつつある昨今。
今年観た作品を年の瀬に振り返った時、30年以上前に書かれた、この「Chess」が描き出す冷戦下の世界観と現代がすごくリンクしている事に、改めて気付かされます。
諦めなければ明けない夜はない。
容易くはないけど。
そうティム•ライスの歌詞とセリフが、語りかけてくる「Chess the Musical 」。
サントラだけでも、ABBA世代にはどこか懐かしい。宜しければこちらをどうぞ。