20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(3)~
【ご注意】本稿には秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、『猫の地球儀』のネタバレがあります。
(3)世界の美しさを目にしたら
(承前)秘密組織の一員として伊里野を管理していた榎本たちが最も恐れていたのは、伊里野の戦うモチベーションの低下だった。生まれてこのかた家族も共同体も国家も知らず育ち、死んだ方がいっそマシな苦痛の中で戦ってきた伊里野たちにとって、戦うモチベーションは「仲間を守る」ことだけだった。
当然、仲間が全員死んでしまえば戦う理由も消失する。だがそれでは人類は滅んでしまう。
そこで榎本たちが考案したのが、伊里野がそれまで知らなかった世界の美しさ素晴らしさをあえて教えて、世界が滅ぼされるのが嫌ならお前が戦えと仕向ける作戦だった。先に引用した「この娘に普通の暮らしをさせてやろう」という秋山の発言は、このことを踏まえている。
そこへたまたま、最後のそして最重要のピースとして嵌まりこんでしまったのが浅羽だった。榎本と共に浅羽たちを監視していた椎名真由美は、すべてが終わったあと浅羽へ宛てた手紙でこう述べる。
すべては仕組まれていたのである。恋も、楽しかった日々も、絶望的な逃避行も。それどころか浅羽が「伊里野が生きるためなら人類でも何でも滅べばいいんだ!!」と叫ぶことまでも。ある人が本書を指して、上手な小説だがイヤな話だ、と評したのも故なきことではない。
榎本や椎名も、こうした行いが外道であることは重々認識していた。事情を知っているだけ苦悩は浅羽よりも深かった。彼らと浅羽の違いは、伊里野の背後にあるシステムの存在を、どれだけ正確に把握しているかの違いでしかない。
では、すべてを伊里野に押しつけるシステムはどうして生じたのだろうか。そもそもは1947年に異星人がはじめて地球にやって来たときにまで遡る。異星からの侵略という事態に対し、地球上の各勢力は仲間内での諍いをやめて一致団結することができなかったのだ。それどころか侵略されたせいで、かえって新しい内訌まで生じる始末。
結局、異星人に対抗できるだけの科学技術を持っているのは、榎本たちが属している陣営だけだった(その科学技術も、人類が独自に開発したものではなく、異星人からパクったものであることが示唆されている)。
榎本はこうした事態を、テレビショッピングの健康器具に喩える。
おそらくここは本書の中で、発表当時と2023年とでは読む側の印象がもっとも変わってしまった箇所だろう。異星人の侵略ならぬコロナ禍という全人類の危機に対して、一致団結どころか分断と格差と陰謀論ばかりを生み出してしまった現実を、われわれはすでに見てしまった。榎本の台詞は仮定の警句を超えて、認めたくないけど認めざるを得ない予見の言葉となっているのだ。(続く)
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