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江戸から東京へ「江戸東京たてもの園」(後編)~来たことがないのに懐かしい町並み



前編です

【「江戸」から「東京」への忘れ物置き場】


「江戸東京たてもの園」は「江戸」から急激に「東京」に移り変わる中で、忘れられたものが、建物という形で展示されている野外博物館だ。江戸時代の農家から、モダンな洋風の家まで様々な家が展示されているが、何故だか懐かしい気持ちになる。
前編で説明した紀元二千六百年の記念事業が生み出した小金井公園に、今も「江戸」から「東京」に移り変わる忘れ物がたくさん保管されている。

【人の気配が無いのに、生活感がある不思議な空間】

人の気配は無い。しかし、家々には確実に人が住んでいたであろう生活感がある。
遠野物語にも語られる、誰もいない山中の民家「マヨヒガ」のようでもある。

不思議な町並み
路地裏には盆栽も並ぶ
これは、、、三省堂ですね
銅が腐食して美しい緑青色に
ちょっと入ってみたい小料理屋

上野広小路行きのバス
新しい展示物を作るらしく何か作業していた

映画「ロード・オブ・ザ・リング」で見たホビットの荘みたいなものを作っているのを見かけて、「何を作ってるんですか?」って聞いてみたら、少し笑って申し訳無さそうに「教えられないんですよぅ」と答えてくれた。
そりゃそうだ。だけどすごく面白そう。
あとあと調べてみたら

「復元縄文住居」だった模様。
縄文人って、こんな自然と一体化したような家に住んでいたのか!!?面白すぎるでしょ!!
「江戸東京たてもの園」なのに、縄文時代の家を作っていたとは予想もつかなかった・・・

【カルピス開発者が住んだデ・ラランデ邸】

一際目を引く名物展示が「デ・ラランデ邸」である。

もともと気象学者・物理学者の北尾次郎が自宅として設計した洋館を、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデが大改造して自邸としたのだという。
ここはカルピス創業者の三島海雲が住んでいたことでも有名な邸宅なのだという。

「カルピスをつくった男三島海雲」

そういえば以前、三島海雲に関心があって調べたんだった。
話が横にそれてしまうが、「カルピスをつくった男三島海雲」は割と面白い本で、カルピス誕生の裏に日露戦争中にモンゴルの乳酸菌飲料で救われた体験があるのだと説明している。

明治37年(1904年)に、軍馬調達のために内蒙古(現内モンゴル自治区)に入った三島海雲は死を意識するほど体調を崩してしまう。
チンギスハンの末裔のホウ一族の元に滞在している時に、馬乳酒(酸乳)をすすめられて飲むと回復した。
「異郷の地で不老長寿の霊薬に出遭った思い」と語り、乳酸菌飲料カルピスの開発の原体験となった。

右上に「ヘソ焼き」の写真

そう言えば本の中に「ヘソ焼き」健康法の写真(右上)があって「へ?ヘソ焼き?」と強烈な印象をもって覚えていた。最近は肛門日光浴とかしてるやつがいたし、有名人がよくハマるヤバい健康法じゃないかと思っていた。
よくよく見ると、これってデ・ラランデ邸でやっていたのか。白黒写真でもわかるくらい、おしゃれな家だなぁとは思ったけど。

【憧れの蚊帳を見る】

吉野家という農家が展示されている。中は、昭和30年代の暮らしを再現しらている。

まさにマヨヒガっぽい囲炉裏端。素敵でしょ
囲炉裏から出る煙で天井は黒く固くなっていく
憧れの蚊帳

これは!憧れの蚊帳かやじゃないか!!

となりのトトロで蚊帳に憧れた人は多いのでは?

蚊帳は映画「となりのトトロ」に出てくるが、生で見たのは始めであった。
子供の頃に「蚊帳に寝たい!」とトトロを見るたびにねだったものだった。
使ったことがある母は「そんなに良いもんじゃない」と言っていたが、はしゃぐ草壁家の様子を見ていると羨ましくてしょうがなかった。
展示物だから入ることはできないが、ここで寝てみたいものだ。

【素敵な店先】


昔ながらの店先って何でこんなに魅力的なんだろう。

黒電話とそろばんが共存する面白い時代


「有難う存じます」って言葉美しくないですか?

ただの展示のように見えて、ここにある店舗や邸宅は全て誰かが住んでいたものである。
ここで住んでいた人たちは何を話していたのだろうか。自分が同じ場に立つことで少しは共感できるだろうか。

【美しい武蔵野の自然を見ながら】

「江戸東京たてもの園」を出ると、公園内の自然に目が行く。
美しい武蔵野の風景だ。

かつてはこのような雑木林や草むらが武蔵野を覆っていたのだろう。
なんだか文豪になったような気持ちで「武蔵野」を見つめる。

【帰りながら蕎麦をすすって江戸を思う】

そんな文豪気分も駅前までだった。
「HAIR東京ボウズ」という店。店名も気になるが「モスクワ世界大会優勝」と入口に書いてあるのは見過ごせない。
後輩も「あれってどうやって勝負して優勝を決めるんでしょうね」と怪訝な顔。

「モスクワ世界大会優勝」の文字

もういいや、と言うことで江戸らしく蕎麦屋に入る。
大学進学で上京した時には、うどん文化圏の出身故に「蕎麦なんて気取りやがって!」と思ったものだったが今では大好きだ。

古今亭志ん朝の「そば清」を聞くたびに、蕎麦が食べたくなる。

蕎麦を啜って思った。
私たちは東京でコスパ・タイパを求めて暮らしているのに、何故か江戸に惹かれるらしい。

体験したこともないのに、あの時代に帰りたいと思うのが不思議だ。来たこともない場所を懐かしいと思う。これはもう怪異である。

「江戸」とは個人ではなく、日本人共通の原体験なのかもしれない。
私たちは時代を越えて、先祖に抱擁されるように安心感を与えられているのかもしれない。
心を安心させるのは未来志向や未来への希望ではない。過去とのつながりこそが心を強くし、安定させるのではないか。


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