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引き出しに眠っていた折りたたみナイフ

(以前に書いた記事を加筆修正したものです)

「あらっ、このナイフどうしたんだろう?」

片付けをしていたら古びた折りたたみナイフが出てきました。少したって思い出しました。私が教師になったばかりの頃に生徒から預かったものです。持っていたのは一人の男子生徒でした。

ある朝、昇降口で登校する生徒たちを迎えていた学年主任と私は彼がナイフを手にしているのを見つけました。不要なナイフを学校に持ってくることは禁じられています。ましてや彼が手にしていたのはポケットナイフです。学校で使うことはまずありません。

学年主任が注意しますが彼は無視しました。私も「ナイフなんか必要ないでしょ」と言って渡すように言いました。彼は日ごろから問題行動の多い生徒でした。かっとなると暴力をふるうこともありました。私たちは彼を荒立てないように気を遣いながら何度もナイフを渡すように促しました。登校する生徒たちはその様子を眺めながら教室に向かっていきます。

やがて昇降口にいるのは私たち3人だけになりました。しばらく押し問答が続きましたが、突然生徒はナイフを手にしたまま私たちの横をすり抜けて階段を駆け出がりました。教室に行こうとしたのです。私たちは後を追いました。ナイフを持った彼を教室に入れることはできません。

私たちは階段の途中の踊り場で彼に追いつきました。彼は私たちの目の前でナイフを広げると踊り場の掲示板に突き立て布を切り裂き始めました。その時私の頭に数年前に栃木県黒磯市で起きた女性教師の刺殺事件が思い浮かびました。公立中学校で 授業に遅刻したことを注意された男子生徒がカッとなって女性教師を刺した衝撃的な事件です。

その時は私もナイフで刺されるかもしれないと本気で思いました。でも驚いたことに私が静かに「そのナイフ私にちょうだい」と言うと彼は素直にナイフを私に渡しました。そしてそのまま教室に入っていきました。

その後の指導は担任がやりましたが、ナイフは私の手元にずっと残ったままでした。彼が「要らないから先生(私のことです)にやるよ」と言ったからです。親も返さなくていいと言ったそうです。

その後ナイフはずっと私の手元にありました。私はもちろん使ったことはありません。ずっと引き出しに眠ったままでした。校内暴力が吹き荒れた1980年代の出来事です。男子生徒も今は50代です。どうしているのかなと思います。

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