電車の中での文章指導
大学院に通っていたときのことです。行き帰りの電車の中は私にとって貴重な勉強場所でした。たいてい論文を読んでいましたが、ある日自分の書いた論文を読み直していると隣に座ったビジネスマン風の男性が突然こう言ってきました。
「その文章『の』が多いですね」
びっくりしました。彼は私の論文を覗き込んでいたのです。普通だったら気分を害したでしょう。苦言を呈するか、嫌な顔をして無視するか、席を移動したかもしれません。でもその時は違いました。私は彼にこう聞き返しました。
「あなただったらどう修正しますか?」
彼の指摘は的確だったからです。私の文章に「の」が多いことは自分でも感じていました。「・・・の・・・の」というように必要以上に「の」でつなげてしまうのです。
覗き込むという失礼な行為を通してではありますが彼は短時間のうちにそれに気づき、指摘してくれたのです。大学の先生か何かだったのでしょうか。あいにく彼は次の駅で降りてしまい返事を聞くことはできませんでしたが、電車の中での思わぬ「文章指導」でした。
彼はいったい何者だったのでしょう。