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「ホットライン」第2話

四月の最終週になり、実力テストも終わって気分は連休モード。
昼休みの一年七組の教室では、クラスメイト達が各々仲の良いグループで別れて昼食を食べていた。
でも、大介の前に座っているのは四組の三岡である。
「お前、なんでいつもわざわざ俺んとこに来て飯食ってん」
同好会に入会して以来、毎日昼休みに顔を出す三岡は、紙パックの牛乳を飲みながら答える。
「いいじゃん、別に。フラッグフットボール同好会の仲間でしょ。シドくん」
「なにがシドくんや、馴れ馴れしい。他の連中のとこで食べたらええやろ」
「コバちゃんは彼氏がいるの。私はお邪魔虫」
「恭平とカズは?」
あれから割とすぐに仲良くなった男子メンバーの名を出すと、三岡はぷうと頬を膨らませた。
「シドくん越してきたばかりだし、そんな怖そうな頭だし、人当たりも良い方じゃないからさ。ぼっちは可哀そうだから来てあげてるんでしょうが」
「恩着せがましい。別に平気や」
「可愛い女の子とランチタイムだよ。感謝して欲しいな」
「自分で言うな」
確かに三岡の容姿は注目を集める。だからこそ大介は居づらい。
教室中の、主に男子から妙な視線を感じつつ、大介は無言で弁当を食べることに集中した。苦い表情で最後のから揚げを口に放り込み、弁当箱を閉じて鞄にしまう。
「ほれ。食い終わったんなら、もう行け」
しっしと手を振り机に突っ伏しようとすると、三岡が慌てたように「待って」と両手で遮ってくる。
「用事があるんだよ、今日は」
「なんや、用事って」
訝る大介に、三岡は目を輝かせてスマホを見せる。
「これ。一緒に行こう」
「あん?」
大介はスマホの画面を見た。
画面は社会人チームが主催する、フラッグフットボールクリニックの案内だ。日時は連休最初の土曜日。時間は午前中いっぱい。場所はそのチームのホームグラウンドである。
同好会にはまだ顧問がいない。練習メニューは三岡が考えているのが現状だ。アメフトの練習であれば大介にも覚えはあるが、彼女としては一度こういうクリニックに参加して情報収集したいのだろう。
それは分かるんやけどな。
大介は眉を寄せて三岡を睨む。
「知らせるだけなら別にグループLINEでええやろ」
「あ、そういうこと言っちゃう?」三岡はふいっと顔を背けて、聞こえよがしの大声で続ける。「せっかくデートに誘うんだから、直接反応を見たいじゃん」
「お、お前な……」
大介はぎくりと周囲を窺う。見れば、何やら男子からの視線が痛い。しかも、女子の集まりはなにやらひそひそと顔を寄せ合っている。
これ、わざとか? 妙な噂とか気にせんのか、こいつ。
大介は今更無駄と思いつつも声を潜める。
「なにがデートや。同好会で行くんやろが」
「ううん。皆は都合が悪いから、私と二人きりだよ」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げる大介に、三岡は片目を瞑って微笑んだ。
「楽しみだね」

そんな次第で、ゴールデンウイーク最初の土曜日。二人は電車に乗って会場を目指した。
会場となるフットボールフィールドは、最寄の駅から十分ほど歩いたところにある。社会人リーグは春シーズン中だが、今日のチーム練習は午後ということで、使用が許可されたらしい。
雲一つない晴天の下、高いフェンスに囲まれた広い天然芝のフィールドにはチームロゴが描かれていて、時季外れの強い日差しが照り付ける。
「わ。結構いる」
三岡が楽し気に口笛を吹いた。着ているのは、黒のアンダーウェアに丈長のスパッツ、シャツとパンツは紺で揃えた運動着だ。肌の露出が少ないのは日焼け対策だろう。運動の時はコンタクトなのか、眼鏡はしていない。
大介はといえば、黒のノースリーブに白のハーフパンツ。中学時代の練習着である。
三岡の言う通り、確かに思っていたよりも参加者は多い。中高生対象のクリニックということで、参加者は自分たちと同年代である。男女混合で、同じような格好の者もいれば学校の体操服の者もいる。
見知った顔はどうやらいないようで、大介はほっと胸を撫でおろした。
まあ、さすがに春シーズンやからな。余計な気ぃ回されんで良かった。
高校アメフトは春大会中である。アメフト部員であればここには来ないだろう。馳と中川が来ないのも、それが理由だ。
ちなみに小林は、前々から予定していたという彼氏との遊園地デートである。まあ、三岡が構わないというなら、大介に文句はない。
「なに緊張してんの? こういうの初めてじゃないでしょ?」
隣で軽く腕をストレッチしていた三岡が、きょろきょろとしている大介を見てからかうように言った。
「別に緊張してへん」
「知った顔がいたら面倒くさいな、とか思ってたんでしょ」
図星である。でも、そこをからかわれるのは面白くない。半眼で睨むと三岡は小さく舌を出した。
「ごめん。でも、昔はこういうのよく参加してたね。お父様と一緒に」
ん、と大介は首を捻る。
「お前、なんでそんなこと知っとるん?」
「乙女の秘密」
「なにが乙女や」
大介は舌打ちをして、含み笑いをする三岡から目を逸らした。

時間になり参加者が集められた。高校生は十名、中学生が十五名。それぞれが五人ずつ、サイドラインに直角に整列する。
やがて、やってきたスタッフが列の先頭にビブスを配った。赤、青、黒、黄、緑の五色で、この色がそのままチーム分けになるということらしい。
大介と三岡は赤のビブスだ。
全員がそれを着たタイミングで、揃いの赤いユニフォームに黒いアンダーウェアを着こんだ主催者側の一人が列の前に立った。
その顔を見て、うわ、と大介は思わず顔を俯ける。
「皆さん、おはようございます!」
広い肩幅の上に乗る整った顔に微笑みを浮かべているのは、大介の見知った顔だ。
川神淳。昨シーズンで現役を引退した、父と同じ社会人チームにいたクォーターバック。
淳さん、引退後にフラッグフットボールに転向してたんか。
ロス五輪の種目に決まって以来、そういう例があることは知ってはいたが、川神もその一人だったとは思わなかった。もちろん、このチームだとも。
俺んこと、覚えてる、よな。アメフト辞めたことも――
そんなことを考えているうちに、川神の挨拶は進む。
「今日参加した経験を持ち帰ってもらって、それが皆に広まって、次の世代、フラッグ全体の活性化に繋がればいいなと思います。それじゃ皆さん、今日は楽しんでいきましょう!」
挨拶が終わると、まずはウォームアップということで、列が広がってスペースを開けていく。
広がり切ったところで、川神と視線が交錯した。
後でな、とでも言いたげに川神は片目を瞑る。
どきっとしながら、大介は再び顔を俯けた。
 
入念なウォームアップが終わり、クイックネス強化の基礎トレーニングを経て、今度はキャッチボールになる。投げ方、取り方の指導から始まり、徐々に距離を離して行われた。
当然のように大介は三岡と組む。そして――
なに、こいつ。上手すぎやろ。
普段の練習では三岡は監督のような立場でいたので、投げているのを見るのは初めてだ。フォームも、投じられたボールの回転もお手本のように綺麗で、なによりコントロールが良い。構えたところにまるで糸を引くようにボールが投じられるので、キャッチに不慣れな大介であっても、お手玉することはなかった。
どこでこんな……いや、そもそもこいつ何者やろ。
頭を疑問符でいっぱいにしながら投げ返す大介に、三岡が呆れたように言った。
「ほらぁ、集中しなよ。もっと肩の力抜いて」
「……うるさい女やな」
ふと隣からくすりと笑うのが聞こえた。
見ると大介の隣は同じくらいの身長だ。髪は黒い短髪で耳の周りからうなじを刈り上げている。切れ長の目と整った顔立ちは、十人が見たら十人がイケメンだと言うだろう。青のビブスの肩口からは黒いアンダーウェアが覗き、桃色のパンツと黒いタイツを履いた細い体は、全身ばねのように引き締まっている。
「なんすか」
大介が少しむっとして問うと、隣の奴は咳払いして軽く会釈をした。
まあ、笑われても仕方ないよな。下手やし、俺。
気を取り直して再びキャッチボールを続ける。しかし、ついつい気になって、大介は投げ返してはちらちらと隣を気にしてしまう。
こいつも素人ちゃうな。基礎トレでも目立っとったし、アメフト部か? つか、めっちゃ球速っ。
投じた球がもの凄い速度で相手の両手に収まる。相手も同じような格好をしているが、向こうは小柄で金髪のサイドテールをしたギャル風の女子だ。
このギャル子もようキャッチしとるな。こいつら一体――
その瞬間。大介の顔面にボールが突き刺さる。
「うごっ!」
思わず顔面を押さえて、大介は蹲った。つんと鼻に残る痛みに思わず涙が零れる。
「馬鹿ぁ、女の子ばっかし見てんじゃないよ」
あの女……わざと狙いよったな。
言い返してやりたいが、よそ見をしてたのは事実だ。
大介はむすっと黙り込み、ボールを拾って立ち上がる。
隣の奴がこちらを見た。口元に手を添え、心底可笑しそうにくすくすと笑っている。
ったく、どいつもこいつも。
大介は恥ずかしさを誤魔化すように、三岡に思い切りボールを投げつけた。

その後は横からのパスキャッチや、肩越しに跳んできたパスのキャッチなどのメニューが続いた。最後にコーチをディフェンスにつけての練習を終えると、川神が全員を集める。
挨拶の時と同じように全員が整列すると、川神は満足そうな笑みを浮かべた。
「これにパスコースのメニューを入れれば、形になると思います。その辺は皆さんで日によってアレンジしてください。では、ここからは――」川神はもったいぶるように言葉を切ると、気のせいでなければ大介の方を見て、続けた。「練習ばっかりじゃつまらないよね。人数いるし、スクリメージやりましょうか」
その言葉に参加者から喝采が上がる。
大介は三岡と顔を見合わせた。彼女はにっと不敵な笑みを浮かべる。
スクリメージ。それはすなわち、実戦練習。
他の競技で言うところの、ミニゲームだ。

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