パレットは透明(仮題)①
やまさんのパレットは透明、この曲を聴いた時、
「夏休みの放課後。
1枚だけ留められていないカーテンが、風になびいて光に透ける。
開いた窓から、部活の声が聞こえる。
運動場に面した、2階の美術室。窓際の棚の上に片方の腕を伸ばして、突っ伏している長い髪の女の子。運動場を見つめる横顔は、少し寂しそうにも愛おしそうにも見える。」
そんな場面がなんとなく思い浮かんだ。
その娘(こ)の視線の先には、誰がいるんだろう。ふと興味が湧いて、知りたくなった。
毎日ある訳ではない、夏休みの美術部。なのに毎日通うのは、この部屋が私にとって特等席だから。
美幸と書いて「みこう」と読むその人は、短距離を得意としている私の幼馴染だ。
外向的な美幸、内向的な私
頑張りやの美幸、のんびり屋の私
まずは飛び込んでみる美幸、じっくり考えて石橋を叩き割る私。
…そして、恋愛対象も違う私達。
私達は、本当に正反対なんだけど、一緒にいると心地よい。
そんな美幸の走る姿が、この部屋から真正面に見える。
クラウチングブロックに脚を合わせ終わって、下を向いていた顔を上げる。
いつもふざけているその人が、ただ走る事だけに集中しゴールを見る。美幸の周囲だけ、空間が静まりかえるその瞬間がとても好き。
パーンと乾いた音が、夏の空に響く。100mを全力で走りきった美幸が、コッチを見上げて手を振る。
「今日、何時に終わる?スパイク取りに行くのついてきて〜。」って断られる事は考えない美幸。
「イイよ。時間は美幸にあわせる〜。」と返事をして、手を振り返す。
17時に南門前で待ち合わせる。それまで、まだ時間があるので、
C国際ファインアーツコンペティションに出す作品に向かう。
「先輩、待ち合わせの時間じゃないんですか?」1つ下の萩ちゃん(萩野)の声。ハッとして時計を見ると、あと5分もない。
「片付けておきますよ。」と萩ちゃん。「ごめん、助かる。今度、奢るね。」と言って部室を飛び出す。
長丸スポーツに寄った時は、毎回、オバアの駄菓子屋で、5個で100円のたこ焼きを買い公園で食べる。
今年3年生の私達は、この夏で引退となる。美幸も、この夏の全高陸上が終わると引退する。
これが最後になるかもしれないなぁと、ふと寂しくなる。
私達の志望大学は違う。受かれば、保育所からずっと一緒だった私達は、初めてお互いが近くにいない毎日を過ごす事になる。
「はじめ、聞いて。」と美幸が切り出す。
私の名前は朔(さく)なんだけど、美幸だけがはじめと呼ぶ。
案の定、去年の12月から付き合い始めた野球部の郡司の話だ。
嬉しそうに話す美幸の顔は大好きだけど、郡司の話は胸が苦しくなる。
コレから相手は変わっても、同じ様な話を聞く事になるのは分かっている。
いつか、お嫁に行く美幸におめでとうを言わなければならない事も。どんなに大切に思っていても、ノンケの美幸が振り向いてくれる事はない。
郡司と付き合い出したあの日に、私の中の微かな希望はなくなった。
どんどん苦しくなるこの気持ちを抑え続けるために、私は美幸と違う少し背伸びをした大学を選んだ。
最近、少し郡司が冷たいと言う美幸に、「最後の大会前だからじゃない?大丈夫だよ。」と慰めながら、頭の何処かに何か引っかかる。
暑い中で熱いたこ焼きを食べながら、たわいない会話で暗くなるまで笑いあった。
帰り道、美幸は大丈夫そうに見えた。きっと、ただ聞いて欲しかったんだろう。
少し前で自転車を立ち漕ぎしている、美幸の髪が揺れる。
やっぱり可愛い。その髪に触れたくて、手を伸ばしそうになる。私の気持ちは、ずっとこうやって彷徨い続けるのかなぁ…。少し悲しくなりながら、ペダルを漕いだ。
いつもは、キャンプや花火、海水浴等夏の行事を一緒に過ごしていたけれど、美幸に彼氏ができて初めての夏休み。全部、郡司に取られてしまった。
美幸に「3人で行こうよ。」と度々言われたけれど、冗談じゃない。全て、丁重にお断りした。
(…当たり前だよね。)
そうやって、私の大事な居場所が少しずつ奪われていく内に、卒業式の日を迎えた。
私達は、無事に志望大学に合格し、12年間の一緒に通う日々から卒業する事になる。