【ルティカ】 プロローグ•第1章 1
↓小説公開コンセプト
◆プロローグ◆
覚醒の時まであと四日。
鍵になるのは、緑と水と澄んだ空気。
私と彼女は、強い絆で結ばれている。
何百年も何千年も前から決められていた、強い強い絆。
それは、誰も断ち切る事は出来ない。
それは、逆らえぬ運命。
早く彼女と出会いたい。
早く彼女を抱き締めたい。
そして運命のとおり、永遠の愛を誓い合いたい。
目覚めの時まで、あと四日。
泥だらけの下水
へドロにまみれて転がっている
誰かが落として行った水晶玉には
夕焼けと冬空の汚い街並と
一人の少女が映っていた。
◆第1章・全ての始まり◆
~1~
部活終了のチャイムがこの美術室にも響き渡り、斎藤有絵はハッと我に返ってキャンバスから顔を上げる。
気が付くと殆どの部員達は既にいない。
有絵は、美術室の後ろの方でまだ黙々とキャンバスに絵を描き続けている、親友の小巻トモカに目がいった。
グラウンドのよく見える美術室の窓からは、低く寒々しい西日が差し、壁に掛かったポスターや画材道具をオレンジ色に染めていた。
有絵が、そうっとトモカの方に近づく。
キャンバスを睨みつけたままのトモカは、筆を持つ手を慎重に動かし、一心不乱に絵を描き続ける。
トモカの隣に有絵が椅子を寄せて座っても、彼女の手は止まらない。
「その空の色、いいね」
有絵の呟きに、トモカは初めて彼女の存在に気付き目を丸くして驚いた。
「驚かさないでよ!有絵、いつからそこにいたの?」
トモカが苦笑いしながらパレットを机の上に置き、そう聞くと
「見つめる力って、スゴイね」
と有絵が言う。
「人間の集中力ってスゴイと思わない?」
有絵の紺色の制服が、ゆっくりとオレンジの夕日に染まる。
トモカは有絵の言葉を聞きながら、絵の具で汚れたエプロンを外した。
エプロンの下からは有絵と同じ色の制服、セーラーの襟、青のリボンが姿を見せる。
夕日がゆっくりとビル街の奥へ消えていき、この美術室の気温がどんどん下がってゆく。
その寒さに、思わず二人は身震いをした。
薄暗くなった美術室には、既に有絵とトモカの二人きり。
「帰ろうか」
有絵がコートを掴み、呟くようにトモカに言うと、彼女も使っていた絵の道具をそのままにして、コートを掴んで頷いた。
鞄を持って美術室を出ようとした時、思い出したようにトモカが言う。
「そういえば有絵、もうすぐ誕生日だね」
トモカの言葉に、有絵は複雑な気持ちで微笑んだ。
「そ。十二月十一日。トモカ覚えててくれたんだ」
「当たり前じゃん!そぉかぁ、有絵もやっと十八かぁ。進路はどうするの?」
トモカの言葉に、有絵がひとつ溜め息をつく。
有絵もトモカも高校三年生。
けれども、この高校は小学校から大学までのエスカレーター式なので、余程の希望がなければ、これといった受験の用意はいらない。
世間では有名な、お嬢様学校で名が通っている。
有絵とトモカは小学校からの長い付き合いで、女子校といったこともあるせいか、彼氏いない歴がお互い自分の年齢、と言うことになる。
日常に男性がいないので免疫がない、というか苦手というか、友人からの紹介はいくらか来るのだけれど、どうも一歩踏み出せず、いつも会わずに断ってきた。
廊下に出ると益々寒い。
トモカが薄いピンクのマフラーに首を埋めると、有絵も自分の水色のマフラーに鼻まで埋まった。
「あのね、トモカ。今私ね、進路よりも気になることがあるの」
有絵の言葉にトモカが振り向く。
有絵が言葉を続けた。
「一ヵ月くらい前から同じ夢を見るんだよね。最初は真っ暗で、そのうち鏡がギラギラ光ってるのが見えて、黒い影の人が手招きしてて……」
その神妙な口調に、プッとトモカが吹き出した。
「なんか、夢見るファンタジーだね!」
クスクスと笑うトモカを尻目に、それでも有絵は言葉を続ける。
「私だって初めはバカバカしいと思ったよ。でも一ヵ月も同じ夢を見るんだよ?」
「……」
「最初ははっきりしなくて記憶もあやふやだったんだけど、だんだんと鮮明になって……色や景色まで記憶に刷り込まれて……」
有絵の口調に、トモカは少し怯えた表情を見せる。
「なんか……恐いよ。脅かさないでよ……」
その言葉が妙に恐ろしく二人の耳に響いたので、一瞬の間を置き二人は顔を見合わせ無理して笑った。
階段を降り、昇降口で靴を履き替え外に出る。
ピュゥゥッと北風が二人に吹き付け、二人は露骨に嫌な顔をした。
先程まで練習していた野球部員もサッカー部員も、いつの間にかグラウンドから消えていた。
昇降口を出ると校舎が一層暗く淋しく感じ、二人は更に心細くなる。
その雰囲気をかき消すために、有絵はトモカに、無理に明るく尋ねる。
「トモカは一月のコンクールの作品、さっきの絵にするんでしょ?テーマは何?」
有絵の問いに、トモカはグラウンドの向こうの風景を眺めながら答えた。
「テーマは、絆」
「……キズナ?」
有絵は、先程トモカが描いていたキャンバスの絵を思い出しながら、その言葉を繰り返す。
トモカのキャンバスには、十字架に貼り付けられた男と、大きな羽根を背中に背負った金髪の天使が向き合っていた。
そしてそこから黄金の光が輝いて、天まで続く空の色と一体化している、そんな絵だった。
校門を出て、いつもの通学路を下る二人。
「トモカこそ、夢見るファンタジーな作品だったね、そういえば」
有絵がにこやかにそう言うと、トモカは穏やかな表情で言葉を続ける。
「生まれる前から結ばれる人は決まっていて、どんなに遠く離れていても二人は必ず出会う。どんな苦難も絶望も、聖なる夜に放たれる、聖なる光を浴びた二人の絆には、絶対に叶わない」
恋に恋する乙女のような、うっとりとした瞳でトモカが微笑むと、有絵も排気ガスで煙い道路を眺めながら呟く。
「赤い……糸ってやつ?」
ブゥンと、トラックが煙を吐きながら走っていくのを、二人が目で追う。
トラックが過ぎ去ったのを確認して、トモカがニヤリと笑って答える。
「……糸?そんなチンケなモノじゃない。そぉだなぁ、そういうふうに例えるなら【赤い綱】って言ったほうが強そうでしょ」
トモカの冗談に有絵はクスリと笑ったが、そのあとすぐに真顔になり
「私にも運命の人っているのかな……?」
そんな言葉が、つい溢れた。
いるのだとしたら、どこにいるのだろう。
その人を見たらすぐに分かるのだろうか。
それとも誰かが教えてくれるのだろうか。
自分と結ばれる人がいるのならば、 有絵はこの汚い道路の上ででも、いつまでも待ち続けていたいと思った。
「有絵の絵のテーマは何?まだ下書きみたいだけど」
トモカの言葉に有絵はハッと我に返った。
「私のテーマは『朝を待つ花』。明日の放課後から街のビルの屋上で描くつもり」
トモカは怪訝な表情を見せ有絵に言い返す。
「朝を待つ花……、どう言う意味?」
「わかんない」
トモカの質問に、有絵は参ったように笑って答えた。
テーマの意味は分からないのだけど……頭の中にイメージだけが勝手にむくむくと拡がっている……。
有絵自身にも説明出来ない、彼女の中の潜在意識が彼女に命令しているようで……。
イメージといっても、キャンバスに浮かぶ絵は、汚いビルの谷間にオレンジ色の太陽が沈みかけている、そんなシンプルなモノだ。
「夢の、影響なのかな……?」
自分自身に問うように、有絵がそう言った。
ブゥゥンと再び、今度はバイクが物凄いスピードで二人を追い抜いていく。
「有絵、ちょっとナーバスになってるんじゃないかな。コンクールのことかもしれないし進路のことかも。……肩の力、抜いてこ」
トモカが笑ってそう言ったことが、有絵の心を少し楽にさせてくれた。
「そうだ。これ聞こうと思ってたんだ。有絵、誕生日プレゼント何がいい?」
ハシャいだトモカに、少し考えた有絵は悪戯っぽく笑ってこう答えた。
「私の運命の人」
◆つづく◆
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?