しゃべる帽子さんのkurageという曲聴いて、物語を書きました。

「まるでクラゲみたいだね。」

彼は言った。
初デートで、水族館に行ったとき。
精一杯におしゃれして、真っ白なワンピースを着た私に、彼はそう言った。

口数の少ない彼が褒めてくれたと感じ、素直に嬉しくて顔が熱くなった。




数年たって、
私は彼と同じ家に帰る関係になっていた。
彼は仕事で忙しくて、帰りはいつも遅かった。
それでも、彼と同じベッドで眠れるだけで、
私は嬉しかった。
私は事務の仕事はしていたが在宅ワークで融通も利く為、半分くらい専業主婦のような状態だった。

彼は出張が月に一回、決まって2泊3日。
仕事を頑張る彼も、かっこよくて好きだった。
もうすぐ一緒に住んで1年が経とうとしていた。

「両親にも挨拶をする頃かもしれないね。」
私の周りは「結婚」という言葉も意識する歳になっていた。

彼が出張中の食事の写真を見せてくれるのは、
私を安心させるためだと、前に彼は言っていた。
写真の中の旅館のお食事は、
いつも決まって美味しそうだった。



彼は気付いていないのかもしれない。
私がその写真を見て何を感じていたのか。
ただの出張で有名な温泉旅館に泊まらないことくらい、わかっていた。

それでも私は、彼を信じたかった。

私が信じていたら、
彼との関係は終わらないと思っていたから。



「どうしたの?」

珍しく休日家にいる彼。明日からまた出張なのだ。
ソファに座ってテレビを見ている彼を隣で眺めていたら、そう聞かれた。

「何でもないよ。今日は外食しない?」
「いいよ、なにが食べたい?」

そう言って彼は私の頭を撫でた。
優しくて温かいその手に、私は幸せを感じなくなっていた。

その日は近くのイタリアンで一緒にパスタを食べた。
その後彼は、明日の朝早いからと言って、私よりも先に寝室に入って行った。

いつもは私が先に入るベッドに彼が先に入った。珍しいことだった。

彼の鞄も、財布も、キャリーケースも、スマホも、何も覗いてはいない。
決定的な証拠なんて見たくもない。
見ても、見なくても、もう同じなのだ。

翌朝彼は、いつも通り早くにキャリーケースを引いて出て行った。

私は今日明日は、仕事を休んでいた。
彼には何も伝えなかったけれど、もう良いのだ。


必要最低限だけの自分の荷物をまとめて、近くのコンビニから実家に送った。
段ボール箱一つに収まってしまうくらい、私の荷物は少なかった。

歯ブラシも、おそろいのお箸も、マグカップも、全部ごみ箱に捨てた。

不思議と涙は出なかった。

私は鞄1つで家を出た。
家の鍵を閉めて、ポストに入れて。

これがサヨナラの合図だ。



私は電車に乗った。

どこかもわからない適当な駅で降りて、
熱帯魚の水槽が見えた喫茶店に入った。


寒くなって来たもんね、なんて会話が聞こえて、
もうじき今年が終わるのか、とぼんやり実感した。

暗くなるのも早くなっていた。
気付いた時にはもう外は真っ暗で19時近かった。

喫茶店を出てみると、意外にも夜の店が多い通りだったことに気付く。

人通りの多い路地を、スマホの地図を見ながら駅へ向かって歩く。

今日最終の新幹線には間に合いそう。
遠く離れた実家まで、1人で新幹線に乗る。

両親にも、彼にも、友人にも、
誰にも何も伝えていない。

新幹線に乗り込み、席について落ち着いた頃、
私のスマホには、いつも通り美味しそうな旅館の食事の写真が送られて来ていた。

いつもなら美味しそうだねなんて、
なんでもない返事をするところだけれど、
今日は既読を付けて、何も返さなかった。

綺麗なままでいたかった。
あの日、クラゲの水槽を一緒にみていた、
あの時から何も変わりたくなかった。
彼は変わってしまったけれど、
きっと私はあの日のまま。

狭い水槽の中で漂っていたクラゲと一緒。
彼をただ信じて、狭い家で帰りを待ち続ける、
そんな日々。

でも私にはその干からびた水槽から
逃げ出す足があったよ。
雨が降ってきて、新幹線の窓が濡れて
外の景色が見えなくなってしまった。
私はそっと、目を閉じた。

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この曲を聞いた時、この曲調をどうにか文でも表現出来ないものか!と思いました。
その結果、短文がつらつらと繋がっていくという形になりました。
歌詞に出てくる水槽や熱帯魚、MVに出てくる喫茶店を入れたかったのもあったので上手く使えてると嬉しいなって感じです。

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