【短編小説】ステージで生きる。

題材は見世物小屋、
フリークショー(ヒューマンフリーク)。

室町時代発祥、江戸時代に娯楽として流行、
昭和に人権軽視が問題になり衰退。

当時の身体障害者たちからしたら唯一の、嬉しい、むしろ素敵な憧れる働き口だったのでは?

人権軽視だと訴えた人達と、見世物小屋を運営していた者どちらが悪いかについて考えた。
むしろ運営していた人よりも、お金を払ってそれを見ていた人達がいる時点で人権とは?となると私は考えこの物語を書いた。
⚠️残酷な表現、死表現、違法薬物、など刺激的な内容も含まれるため、注意して頂きたく思います。


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ステージで生きる。


私はとあるサーカス団に所属している。


今私の目の前で、可笑しな顔でこちらを見ながら可笑しなポーズを取っているピエロの恰好をした彼は、私の数少ない友人だ。

彼の名は、ニックという。本名かは知らないさ。

そんなこと、ここではどうだって良いのだ。

彼は顔面に真っ白な塗装をして、不自然に吊り上げた弓形の眉に、顔の半分を占める勢いで真っ赤に描かれた大きな口、両の目には青い塗料で雫型が描かれている。

表情とは関係なく塗料で描かれた顔で生活している彼は、いつ見ても同じ顔だ。

ピエロとは、クラウン(=道化師)の中の
一種なのだそうだ。

クラウンには、馬鹿、のろま、おどけ者、
ふざけた、なんて意味があるらしい。

その中で涙のメイクを施したものを、
「愚かで悲しい道化師」という意味で、

ピエロと呼ぶようになったらしい。


彼は、話すことができない。

私の話す言葉は理解しているように見えるから、
声を出す器官に何か抱えているのだろう。

しかし、彼の仕事は、ステージに立って面白可笑しく振舞い、人々を笑わせる事だ。

彼が話せないことは、特に彼の業務上支障はない。


それもそのはずだ。

このサーカス団のメインは、
所謂ヒューマンフリークショー、見世物小屋だ。


身体に何らかの珍しい特徴を持つ者たちは、こぞってこのサーカス団に入りたがる。

今日も1人、入団希望者が来ていた。

彼女は腕が3本あるのだそうだ。

しかし残念なことに、うちの団員にはすでに腕が4本生えている奴がいる。

大方彼女は、このサーカス団には入団できずに帰されることになるだろうな。


身体に珍しい特徴を持つ者たちの集まり、
それがこのサーカス団だ。


私はこの世に生まれ落ちた時、
生きる権利が剝奪された。

私を生んだ母は、生まれたばかりの私のことを、
このサーカス団に売ったのだ。

その後のことは聞かされていないのでわからない。

まぁ、生み落としてすぐに我が子を金銭に変えるような親だ。特に知りたいとも思わない。


私はこのサーカス団で、
幼い頃からステージに立たされている。

私の肺が空気を吸い、
心臓が今も拍動しているのは、
このサーカス団にいるからだ。

このサーカス団の外には、
私が生きられる世界はない。

そう思うと、私はこのサーカス団に感謝すらある。

私は来月、15になる。
このサーカス団に入団してもう15年も経つのだ。

先程から頼んでもいない私の目の前で可笑しなダンスを披露しているピエロのニックは、私が物心着いた頃にはいつも隣にいた。
私の記憶のある人生の中には彼がずっといる。

色んな地を共に廻り、色んな空気を共に吸って、
このテントの中で、世界を共に生きている。

私たちサーカス団員が外の人間と知り合うことは、まず、ない。

仮に性別が女性であれば、大金を支払って連れて帰るとか言い出す、気の狂った富豪たちに買われていく者もいる。時たま男色を好む富豪もいるが、
それはまぁ、幾らか珍しい。

しかし、噂に聞くに、買い取られた後は、
とても口には出来ない程の酷い仕打ちだそうだ。

私の性別は男で、ニックもそうだ。

だから私たちは15年も揃ってここにいる。

数少ない友人というのは、こういうことだ。

ある日、肌を刺すような寒さの厳しい日。

私がいつも通り冷たく肌障りの悪い布団の中で目を覚ますと、隣にはニックがいた。

寒い季節には、狭いテントの中で、団員が皆で肌を寄せ合って眠るのだ。


しかし、いつもならニックは誰よりも早く起き、
筆をとって、顔を作る。

ニックが私の隣で眠っているのを見るのは、
久しぶりのことだった。

久しぶりに見たニックの顔は、皮膚が爛れて赤くなり、目は腫れて突出し、唇は私が記憶している彼の顔と比べ2倍近くなっていた。

そもそもニックが毎日顔に塗っている塗料は、明らかに人が肌に塗って良いものではない。

町で一番安く仕事をする塗装屋が使うのと同じ缶に入っている物だ。

そんなものを毎日顔に塗ったくって生活しているとなれば、彼の皮膚に異常が出るのなんて考えなくてもわかるだろう。

久しぶりに見た彼の素顔は、私たちはもう外の世界では生きて行けぬことを物語っていた。

もとより、外の世界で生きられる者は、自ら進んでこんなサーカス団で見せ物にはならないし、
外の世界で生きられる者は、見せ物としては面白くないのだ。

私たちのような化け物は、
このサーカス団で、この命が燃え尽きる時まで、

見せ物として働き続ける他に選択肢はない。


そう思っていた。

ある日、皆がそれぞれいつものように公演の支度をしていた時、知らない男たちが数人、テントに乗り込んできた。テントの中は大騒ぎとなったが、不思議なことに団員は誰一人として危害を加えられなかった。

代わりに、団長ただ一人が連れていかれた。


その日の公演は中止とされ、団長の帰りを待ちながら皆テントの中で眠りについた。

翌朝になっても、団長は帰ってこなかった。

空中ブランコの双子が、
町まで探しに行こうと言い出した。

見世物小屋のテントにも、歩ける奴らで集まって町まで団長を探しに行かないかという話が回ってきた。

ニックも当然、町へ探しに行こうと誘われたが、
手振りで断ったので、2人揃ってテントで留守番をした。


朝町へ出て行った者達が、夕方になって数を半分以下に減らして帰ってきた。

皆揃って、絶望し切った顔をしていた。

彼らは、こう語った。


「団長は、今日、町で処刑された。」


「団長からの言伝がある。鞄の中にそれぞれの名前が書いてある封筒がある。少ないが、退職金として受け取って欲しい。各自それを持って、これからも助け合って強く生きてくれ。こんなことになってしまって申し訳ない。サーカス団は今日付けで解散とするが、団員は皆家族だ、これからも愛していると伝えてくれ。と頼まれた。」


そう言われ、私とニックは封筒を渡された。


そこには数枚の紙幣と金貨が入っていた。

そして次の日、私たちは、
生まれて初めて無職となった。

とりあえず、荷物を持って、
ニックに背負われ、町へ出た。

私の4本の腕を隠すため、
ニックは私の体に布を被せた。

町へ行くと、団長が処刑された理由が分かった。


町の広場の真ん中に、処刑台らしきものがあった。


そして、その台の上に見知った顔が
青白い生首となって、
乾いた赤い血に塗れた槍に刺されて晒されていた。

間違いなく私たちの親代わりだった、
団長の顔だった。


「人権を無視している。」
「非道徳的だ。」
「酷い。」
「障害者差別だ。」

そんな言葉が並んでいた。


私たちから団長を奪ったのは、善良な国民たちの、
民意だった。

変わり果てた姿の団長をしばらく見つめた後、

私はニックの背中に背負われて町をふらついた。


「ニック、これからどうしようか。」


ニックは振り向いてニコニコと笑うばかりで何も答えない。

それもそのはずだ。コイツは口が利けないんだった。

ニックに背負われたまま、2人でテントに戻ると、
それはそれは悲惨な状況だった。


双頭双生児の双子の姉妹は、全裸で血塗れ。
既に息はしていなかった。


ニックは私を地面に下ろし、その双子を抱え、
大きな木の根元に穴を掘り、

できる限り最大限の埋葬した。
私は手の届く範囲の花を摘み、ニックに手渡した。


真冬の寒さの中、咲いている花など、
ほとんどなかった。

それでも私たちは手を合わせ、
今までの感謝と、家族を失った悲しみと、
彼女たちが死ぬ間際に味わったであろう苦痛に、
胸を痛めることしかできなかった。


団長が遺してくれた金貨や紙幣を奪い合って、
争い死んだとみられる者達もいた。

団長の死は団員たちの死同然だ、と遺書を抱えて
自死を図ったとみられる者達もいた。

テントの中に、生きた者は私たち二人だけだった。


流石に全員の埋葬をしてやることは、私たち二人では無理だと悟り、ニックに背負われて町と反対方向に向かって、彷徨うことにした。

2日くらいで、別の町に到着した。

すぐに空き倉庫を見つけ、
2人でそこに腰を下ろした。

ニックが2人分の封筒をもって、
食べ物を買いに町の中心街へ行った。


数時間して戻ってきたニックの手には、
パンと果物と牛乳が抱えられていた。


2人でそれを食べ、倉庫の中で寄り添って眠った。

昨日も一昨日も野ざらしの地面で寝たから、
風や雨が凌げるだけでもありがたく、

ニックの体温はとても温かかった。

7日くらいだろうか、
倉庫の中で2人きりで寄り添って生きていた。

しかし、お金も底をついてきた。

新しく稼ぐ方法も、私たちには残されていない。


ニックが最後の金貨を握りしめて、
街へ出かけて行った。

その日は帰りが遅く、心配していた。


帰ってきたニックは、何も持っていなかった。

代わりにポケットから、薬包を2つ取り出した。



私は悟った。


もう私たちに生きる術がないということ。


ニックはいつもの笑顔で、その片方を渡してきた。

そして、
上を向くと自分の口にさらさらとそれを流し込み、
牛乳瓶に溜めていた雨水を一口含み、
飲み下した。


そして驚いたことに、


「さぁ、クライマックスだ。」


と、確かに言った。

塗料の影響で喉まで腫れているのか、
掠れていて聞き取るのも容易でないくらいの声だったが、確かに喋ったのだ。

ニックが口を利けないのは、
体のせいではなかった。


世界が彼に、そうさせただけだった。

私は驚き、大きく笑うと、
ニックと同じ手順で白い粉を飲み下した。


「お前、ずっと隠してたな?」


と、私がからかうようにいうと、


「俺はピエロだぞ? 
  驚いてお前が笑ったのだから、
  これだって一つの芸さ。」


そう言って、ガサガサの声帯で楽し気に笑った。


それからどのくらい経ったのだろう。

2人で今までの楽しかった話をした。


「おい!見ろよニック、
 今日は観客がめちゃくちゃ多いぞ!」


「ははっ!さぁ俺の出番だなぁ!
 ちゃんと見ててくれよ!」





そんな会話をし、
彼らは2人にしか見えない世界の中で、

満員の会場でキラキラに輝く
ステージに立っていた。

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設定メモ等



私15歳
腕が4本あり、歩く事は出来ない。
産まれた時から見世物小屋で過ごしていた。

ニック20歳
私をいつも背負って運んでいる。
本当は話すことが出来るが、私と同じ見世物小屋にいるために話せないと装っていた。
私を家族として愛している。
「クライマックスだ。」「見ててくれよ。」

団長
身体に特徴のある者たち(私)を救うために
サーカス団を設立し、各地を回っていた。
ニックは副団長的な立ち位置で、
見世物小屋を統括しながら私の世話係をしていた。
ニックが話せることはもちろん知っていた。
民意によって公開処刑されたことで、サーカス団は解散に追いやられた。


民意
障害者を見世物にするなんて。
人権軽視だ。



私とニックはサーカス団解散と共に世に放たれる。
今までサーカス団に居た時には大切な意味のあった「特徴」が足枷になり、仕事もなくし、生きて行くことを諦める。

丁寧に扱いたい題材だったので、結構時間を掛けて書きました。ご意見コメントなど頂けたら嬉しいです。

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