派遣録 90 “壊れていく”人々

2012年の後半まで話は進んだ。

ここで、かつて所属(アシスタント職員)していた日◯年金機構の事務所で見た、心身に“変調”を来した人々の話を書いておきたい。

少し時間が戻る(2009~2012年)が、それほど俺の怨みは深い。
…というか、ストレスは人を壊す、という事を俺が身を持って知っているから(脳腫瘍)だ。


怒鳴り声の“応酬”

年金事務所にいた頃、一番キツい部署は“お客様係(給付課)”である。
当時、年金問題が世間を騒がせ、クレームの嵐だった。
1つの電話に出ると一時間、なんてこともあったようだ。浜松中(約半分)の年金受給資格者から「年金は出るのか?」「私の記録は大丈夫か?」と訊かれ、テレビの報道などから「この野郎💢」と怒鳴り込んでくる電話も多かった。
「クレーム」と言いたいが、皆、払っていた年金の話たから、真剣になる。仕方ない。
俺は厚生年金適用調査課なので給付には無関係だが、鳴り響く電話に出たら年金受給者からの電話で「てめえ、この野郎、どうなってんだ💢」と怒鳴られた。
年金事務所に来たばかりで全く分からず、とりあえず“お怒り”の内容をメモして給付課の方に引き継いだ。
そして、朝からずっとこうした怒声を浴びせらている給付の皆さんの苦労を思った。
俺も地元の求人誌の編集でクライアントからのクレームは度々食らっていたから、慣れていたつもりだが四六時中怒鳴られるような環境ではなかった。(上司らには怒っていたが…)  

仕事に慣れてから、この給付課の課長が所長室で所長に怒鳴っているのを見た。
何やら難しい話だが、上(本部?)からの指示が曖昧で現場(事務所)での判断に困る事があったらしく、課長はかなり怒っていた。
…普段、散々電話口で怒られているので“そのせい”に思えてしまった。
怒鳴られた人間が、他人にまた怒鳴る。
この悲しい応酬が、この時期(2009)の事務所の常だったように俺は思う。
そして、その課長は俺が脳腫瘍で倒れたのと同じ頃に、統合失調症で休養した…。

同じ頃に、ナイナイの岡村も同じ病気で休業してなかったか?
課長は、毎日続く“クレーム”の電話と、“上”との応酬に精神が参ったのだろう…。

耐えきれない人たち

他に、俺のいた適用課でも女性職員が休業した。
適用課は法人(会社)が相手なので、基本的に窓口や電話口で怒鳴られたりしないが、厚生年金を払わない、または“適用逃れ”をしようと怒る業者や関係者はたまにいる。その女性女性職員は俺などにも優しくしてしてくれた、“既存”職員だが、その分、弱い部分があったのかも?

彼女も俺と同じ頃に休養に入り、しばらく自宅療養していた。

また前にも書いたが、適用課にくるはずの新しい課長は、結局来なかった。
“来ない”のではなく、“来れない”…つまり“所在不明”なのではないか?、と俺は思っていた。
表向きは“病気のため”だったが、俺が在職中、その新しい課長は姿を見せず、結局、所内の国民年金課の課長がスライドして適用調査課の課長に就任した。

社会保険庁から日本年金機構に民営化された際、姿を消した者が少なからずいたらしい。
『何故か?』
それは“推して知るべし”である。
民営化すると、困る人間が保険庁内にはいたのだ。


生真面目な組織

俺はこの日本年金機構の人間が大嫌いだ。
保険庁時代からの正規職員らは、俺のような非正規で民間出身者を小馬鹿にしていた。
頭に来ていた。(特にあの“志の輔課長”💢)
今でも、ぶん殴りたいほど怒りがある。
(俺は怒りが何年も冷めないタイプの人間)

だが、全ての職員が“悪”とは思えない。
年金問題を抱え、当時の年金事務所は大変だった。
給付課の課長のように、精神に破綻を来すほど働いていた方には頭が下がる。

皆、必死に働いていた。
福原(仮名)や志の輔(クソ)のように腹立たしい馬鹿はいたが、彼らも真面目で必死だったのかもしれない。
…だがパワハラは許さない。
自分が組織(グループ)で偉いかと言って、グループ内で威張り腐るのは違うだろ?


俺もパワハラ?


で思い出したが、俺もパワハラしてなかったか?

志の輔や福原に“食ってかかった”のもそうだし、常にイライラ💢していた記憶がある。
前の地方求人誌をクビになり、一年間弱の日雇い生活。俺は荒れていた。
だが、それは言い訳。

仕事がなかったわけではないし、クビになったのは俺の責任。
志の輔や福岡は性格に問題があったし、好きになれなかったが、それも俺の捉え方だった気もする。

しかし、俺の病気前後の機構の対応は許せない。 組織のためだとしても、人を何だと思ってやがる。◯でも付けてやろうか?🔥(…ダメダメ)

そして、俺は“ぶっ壊れた”。
忙しさの中で完全に壊れ、脳腫瘍になった。ストレスだ。
今から思えば、俺の周りはストレスだらけだったきとする。

そして運悪く、順職員採用試験の時期であり、脳腫瘍の俺に機構は堂々と“不採用”の通知を送ってきた。
今から思うと『仕方ないかな?』と思うが、手術前の俺にはショックだった。
そして、述語の“あの対応”…。
頭に来る。人を舐めてやがる💢 

だが、機構側からしたら、俺のような“どうにもならない存在”がストレスではなかったのか?
俺のような反抗的で、組織に馴染まず、文句ばかり吐き、何でも突っかかる馬鹿。
それが脳腫瘍になった…。

『“あんな馬鹿(俺)”を雇わないといけないの?』

と、思うとしても当然。存在が“ハラスメント”だ。“バイアス”(圧力)だ。
で、妥協点が『準職員でどう?』だったのでは?

それを断ったのだから、仕方ないかな?

そして去年(2023)、金に困り、応募して落とされた…)
機構も俺のような“汚点”はいらないかな?

また応募してやろうか、嫌みで。
面接で面接官を張り倒すのも面白いか?(そんな度胸ない…)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?