『前例がない。だからやる!』を語る

 『前例がない。だからやる!』(樋口廣太郎著 講談社+α(こうだんしゃプラスアルファ)文庫)は、アサヒビールの経営者でありスーパードライで同会社を業界トップに導いた人です。本の題名を読み、作者がどういう人か分かれば、多くの人は「成功者の自慢本かな」と思いそうです。そういう場合もあるかもしれません。引退直後のスポーツ選手などには、「実はあの試合の裏側はこうだった。」とか「あいつの競い合いにはこういう裏話がある。」といったインサイダー(insider 内部にいる者)しか知り得ない事実風の内容の本を出す人がいます。これなども、自慢という側面がないことはないと思います。しかし、事実が書かれているのであればそれはそれで読む価値があるんじゃないかと思っています。
 この『前例がない。だからやる!』も、ビジネスマンとしての成功物語と言えますから作者の自慢という側面がないことはないかもしれません。しかし、そういう本も私はまずは読んでみることにしています。仮に、自慢の部分がありそれが鼻持ちならないというのであれば、そこだけ読まなければいいのであって、それ以外に書かれている事実は自慢とは別に価値があるのではないかと考えます。(私は読みたくない部分には、水性ペンで枠を囲いバツ印を書き、二回目からは読まないようにしています。)
 アサヒのスーパードライは、大ヒットした商品ですし、私の知り合いにも「ビールは嫌いだが、スーパードライなら飲む。」という人が少なくありません。経営者が商品開発の細部まで熟知しているというのは非現実的だと思いますが、開発部や営業部等から種々の報告を受けて経営判断し、結果いい商品が大ヒットしたわけですから、きっと私の人生に役立つ何かが書かれているはずです。
 私がこの本で、「忘れまい」と思った文章を二つほど引用します。
 「上の地位にある人が必要以上にシャシャリ出てくると、せっかくのアイディアが必ず途中で潰され、どこかに消えうせてしまうのです。」(p84)
 「楽観的な考え方は思慮不足の反映と思われがちですが、経営者にとって楽観的な姿勢は、熟慮を重ねた末に生まれてくるものと信じています。」(p215)

 クルマ開発でも、新しいコンセプト(concept 概念)に基づく新車アイディアは古参の社員から嫌がれれるということを読んだ記憶があります。また、ニュースで新規の方法を導入した組織を取材して「現場にはとまどいが広がっています。」と締めくくる記者やリポーターを見たことが何度もあります。しかし、新しいコンセプトの提案や新規の方法の導入は、現状では成績が低迷しているとか将来的に行き詰まるという危機感から発しているはずです。だったら、単に嫌がるのではなく、別案を出すべきだと思います。また、新規のやり方については、あらかじめ現場説明やマニュアル配布などがなされているはずですから、当日になって「とまどう」のはその従業員が準備不足・勉強不足ということであって、彼らを被害者扱いして情緒的に伝えるというのはどうかしていると思います。

 ところで、会議でも新規の提案について、それを実行したときに起きるかもしれない負の現象をやたら心配する管理職や古参従業員がいます。しかし、心配のネタならたくさんありますから、すべてに対策を立てることはできません。そういう人は「なにかの理由で将来人類が滅亡したらどうしよう。」と毎日心配しているのかというとそうではないでしょう。そういう悲観論者は、さも心配しているように振る舞いますが、現実の業務では役に立たず、いるよりいないほうがいい種類の管理職や従業員という場合が多いように思います。私は、「彼らの悲観論は、自分の過ごしやすい環境を変えたくないという自己中心的な動機が生じさせている心理的作用であり、組織の進歩の足かせだ。」と結論づけています。

 ところで、この本は2002年の発行ですから、現在は入手困難かもしれませんが、現在は現在でヒット商品がありますし、成功した人たちがいます。
 成功者を敬遠するのではなく、成功者からなにか知恵やコツや見解を得る機会はたくさんあると思います。
 なお、私は、「本の購入費は、自分の将来への投資」として割りきっています。

以上
 

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