『水曜どうでしょう』を語る
テレビ番組『水曜どうでしょう』は、北海道のローカル局制作の30分間の旅番組です。この番組で特筆すべきは、「企画がぶれるし、完結しないことが多い。」ということです。サイコロ(サイコロキャラメルの空き箱)を振って行き先と乗り物を決め、東京を出発して3日間以内に北海道札幌市に帰ってくるという企画なのに、札幌に帰ってこれない。四国八十八箇所完全巡拝の旅と銘打ってレンタカーを使い4日間で巡る企画なのに、美味いうどんを食べるため途中の巡拝を省略するが、結局そのうどん屋は定休日だった。50ccのホンダスーパーカブで京都から本州最南端鹿児島県佐多岬まで行くという企画で、鹿児島県に入県するも長距離運転で辛くなり行程の途中でフェリーに乗り指宿温泉に向かう。など、視聴者が違う意味でハラハラする番組です。
私は、はじめての単身主任先でこの番組を知りました。そのとき、仕事の資料を宿舎に持ち帰り、テレビをつけたまま見ていたのですが、奇妙なテーマ音楽と福助人形の絵で始まるこの番組をついつい観てしまいました。その回は、京都に不慣れな鈴井さんを京都在住の若旦那大泉さんが名所案内するという設定で京都名所巡りとなるはずだったんですが(大泉さんなその台本を読んでいました。)、そこから急展開。大泉、鈴井のお二人が「ホンダスーパーカブ2台に各々が乗り京都から鹿児島県佐多岬まで走る。」という本来の企画が明かされます。
「はぁー、面白そうな番組だなぁー。」と思い、番組視聴後また仕事の資料に目を通し、寝ました。
翌週の水曜日、また同じように仕事の資料を見ていたらテレビからあの奇妙なテーマミュージックと福助人形の絵。「おう、またはじまった。」と思ったら、なんと先週と全然違う番組内容に仰天しました。たしか、佐多岬までカブで走るはずだったのに。そのとき「単身赴任で慣れない職場、一人ぼっちの宿舎、根を詰めた仕事。私もとうとうメンタルにきたのか。自分の記憶力を信じられなくなったら仕事どころか社会生活も続けられない・・・。どうしよう。」と思いました。これは正直深刻に考えてしまい、翌日(つまり木曜日)はずっと暗い気持ちで過ごしました。翌金曜日、「このままじゃだめだ!」と思い、女子職員の中で一番親しい人に話を聞いてもらいました。話の序盤、『水曜どうでしょう』の私の記憶がおかしいという件(くだり)に差し掛かったところで、彼女は言いました。「それは相撲がはじまったからですよ。」と。なんでも、大相撲がはじまると『大相撲ダイジェスト』という番組が大相撲のある期間中に放送されるので、その間は『水曜どうでしょうリターンズ』という再放送番組が流されるのだとか。「えっ、再放送って番組が終了した後に放送されるものなんじゃないの?」と問う私に彼女は言いました。「『水曜どうでしょう』って、そういう常識やぶりのところがあります。」と。
これを聞いて気持ちが晴れました。「なんでもなかったんだ。私は孤独に打ち勝ったんだ。」と嬉しくなり、彼女を飲みに誘い呆れるほど飲みました。
「『水曜どうでしょう』はメンタルが弱ったときに効く。」という印象を持ったのは私だけではないようで、YOUTUBEの番組でこの番組のディレクターである藤村さんがそうおっしゃっていました。
『水曜どうでしょう』って、観ていて「癒される」って感じとは違う、広い意味での治療効果があります。「見知らぬ奴だけど妙に親しい連中とずっと一緒に旅をしていて、詰まらない出来事にみんなでばか笑いしている。」って気になります。そういえば、番組企画でユーコン川をカヌーで下り所々でキャンプするという回がありました。私はインドア派なので、自分ではキャンプなどしませんが、キャンプ番組や動画を観るのは大好きです。灰色熊がいる地域での川岸付近でキャンプ、「眠れるか!」ってくらい明るい白夜、刺されたら死ぬほど痒いだろうでっかり蚊など自然の脅威を満喫しながらゴールする内容でした。何週間かこの番組に付き合い、いよいよゴールというときでした、藤村ディレクターが「あれ鉄塔じゃない?」と言いました。次の瞬間、遠くに超高圧送電線の鉄塔が見えました。肉眼でやっと、望遠レンズならはっきり見えたその鉄塔。そのとき、「ああ、人間があれを建てたんだ。人間が作ったものが見える。」とただ観ているだけの私が物凄く感傷的になりました。「人間なんてララーラララララーラ♪」という歌が好きでよく口ずさんでいましたが、「テレビの前で社会から隔離された6名がユーコン川の川下りに苦闘している姿を観ているだけで、こんなにも人恋しくなるものなんだ。人間には、群れで生きるというDNAが組み込まれているんだなぁ。社会や国家を保持するシステムは守らないといけないなぁ。」と感動を覚えました。
この『水曜どうでしょう』は、企画する人達のビジネスセンスも素晴らしく、番組が一旦終了した後、番組DVDが発売されることになりました。それも、消費者はコンビニのローソンで予約し代金を支払い、製作者はその予約数のDVDを作成して販売する、という在庫の心配の要らないやり方だったので、おそらく番組製作スポンサー料よりも高額な利益を出したと思います。このビジネスモデルは、それまでのテレビ局のビジネスモデルに大きな変革をもたらしたように思います。たまに、動画で在京キー局のプロデューサーなどのお話を聞くとそう感じます。
以上