コント『弁論特許』 (2445文字)
登場人物:2名
場所:弁護士事務所
内容:薬害で損害賠償訴訟を起こそうとしている男が、弁護士から意外なことを知らされる。
(ここは「自由法律事務所」。今、ある男が訴えを起こそうとやってきます。)
男:先生。私は「コレクナール(架空の薬剤)のために脳に疾患を抱えることになってしまいました。そこで、この薬剤を処方した医師と製造した製薬会社に損害賠償の請求をしたいので訴訟代理人になっていただき、裁判して欲しいのです。」
弁護士:分かりました。この例は既に他の裁判所で原告勝訴の判決がでている案件です。きっとお力になれますよ。ただ、一つ問題が・・・、いえ小さな問題なんですが。
男:どんな問題なんですか? 私が求めたい損害賠償額が巨額過ぎるとか。
弁護士:いえ、あなたのご希望額は常識的なものだと思いますよ。問題はそこではありません。コレクナールが原因だということです。
男:それはどういうことですか?
弁護士:実は、コレクナールと脳の障害との因果関係、つまり脳の障害はコレクナールが原因だということが立証されたのは2年前の「コレクナール事件最高裁判決」によってです。
男:知っています。大きなニュースになりました。それで私も裁判を起こす気になったのです。
弁護士:あの事件では、原告、最高裁では被上告人ですが、の弁護士は立証に苦労しました。今まで前例のない薬害事件ですし、医学や薬学の専門家も立証の困難性を指摘していました。それでも、最高裁での勝訴判決、厳密には上告人の敗訴判決ですが、を得るには苦労の連続だったと聞いています。しかし、このことであなたのように後に続く被害者が訴えることが容易になったわけです。二番目以降に訴えを起こす原告は、最初の原告よりかなり立証が容易になりましたから、最初の原告というか原告代理人の弁護士としては不公平感を感じたわけです。つまり、最初の訴訟代理人の苦労に比べて、二番目以降の訴訟代理人は道を切り開く苦労なく勝訴判決を得ることができることに不公平感を持ったわけです。そこで、最初の訴訟の訴訟代理人は、この立証内容を「弁論特許」することを裁判所に申立てたのです。
「弁論特許」といのは、正式には「主張立証方法に関する特別使用許可」といい、コレクナール訴訟のように当事者(原告・被告)が攻撃方法又は防御方法としてオリジナリティーのある主張立証方法を考案した場合、その方法を知的所有権として保護しようというものです。今回の場合は、この権利は原告の訴訟代理人が所持しています。
ただ、この弁論特許は一定の使用料を支払えば、他の訴訟でも使用することができます。その場合、その使用を「弁論特許の援用」といいます。
で、問題はその「一定の使用料」です。これは、あなたのように新たにコレクナールの損害賠償訴訟を提起しようとする人にとって訴訟費用面での重要関心事でしょう。「一定の使用料」は定額的ではありません。損害賠償請求額の30パーセントになります。あなたが勝訴した場合、訴状の請求の趣旨に書いた損害賠償額について30パーセントを支払うことになります。勝訴したとしても、裁判所は原告(あたなですね)の請求額を満額認めるかどうか分かりません。減額される可能性もあります。その場合でも訴状に書いた損害賠償額の30パーセントを支払わなければなりません。
訴状の損害賠償額にあらかじめその30パーセントを上乗せして、支払いの負担を軽くしよとしても差し支えありませんが、さきほど説明したように裁判所が減額した場合、弁論特許の使用料支払いの負担が大きくなります。
裁判の対象となる事実、法律用語では「訴訟物」といいますが、は原告ごとに異なりますので、「コレクナール訴訟の弁論特許を使用すれば必ず勝訴する。」と確約されるわけではありません。ですから、弁論特許を使用せず新たな主張立証方法を模索するという方法もあります。しかし、最初のコレクナール訴訟原告弁護団の苦労と考えると、うまくいく可能性はかなり低いと言わなければなりません。この法律事務所にも医療過誤事件のベテラン弁護士が何人もいますが、みな困難だという意見です。
男:つまり、コレクナールの損害賠償訴訟を提起するには、金銭面で一か八かの賭けをすることになるのですか?
弁護士:賭けといえば賭けですが、この弁論特許は制度として日が浅いので関係裁判例や判例の蓄積がほとんどありません。ですから、「これなら固い。ほぼ100パーセント勝てる。」という王道というかルートがまだ確率されていないのです。それに、コレクナール訴訟のように不確定な要素が少なくない訴訟では裁判官ごとに事実認定がばらつく可能性が否定できません。事実認定が異なれば、原告敗訴ということも有り得ます。そういう意味ではギャンブル的な要素がないとは言えませんね。
男:私はコレクナールの副作用で仕事もままならず、訴訟費用や弁護料の捻出に苦労していますが、頼みの綱の裁判でも「悪徳芸能プロダクションみたいに、ギャラのピン抜き、いや3割抜きですね、がされるのが前提となると、考え直したくなりました。
裁判は、紛争解決手段だと思いますが、これでは紛争が地下にもぐってしまい、解決されないままになりそうですね。
一度持ち帰って再検討させていただきたいと思います。
どうもお時間をいただきまして。今回の相談料をお支払いしておいとまします。
弁護士:分かりました。訴訟を始める決意が固まったらまたご連絡ください。
(男帰る。)
弁護士:あの人、本当にコレクナールの副作用があったんだろうか。とても脳に疾患があるようには見えなかったが。
【本作品は想像上の物語であり、実在の人物・団体や薬剤及び現実の薬害訴訟とはまったく関係ありません。また、本作品は民事訴訟の知見を広めることを目的としており、薬害に苦しむ人たちや訴訟当事者及び裁判所・訴訟代理人・証人等を不当に揶揄するものではありません。】