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善人同士のいさかい (845文字)
私が中学1年生だったころ、レコード(当時はCDはまだありませんでした。)を買って帰る途中、あまり広くない道の側溝に左側の車輪を落としたタンクローリーを見つけました。
そのタンクローリーの側には、運転手は腕を組んで「どうしよう」という表情で立っていました。
私は、もしそれが乗用車だったら「引き上げるの手伝いましょうか?」と声をかけたと思いますが、タンクローリーだとさすがにそうは言えません。
でも、この先どうなるか見てみたいという好奇心はあるので、しばらく見ていました。
すると、通りがかりのブルドーザーがやって来て、その運転手が「引っ張り上げようか?」と言うのが聞こえました。
そして、タンクローリーの運転手と二人して太いワイヤーを車体から外してタンクローリーとブルドーザーに取り付けました。
そして、ブルドーザーが後ろに下がると同時にタンクローリーのタイヤも回り出し、あっという間にタンクローリーは溝から脱出しました。
その後、ワイヤーを片付けた後、タンクローリーの運転手は何枚かの札(現金)を謝礼としてブルドーザーの運転手に渡そうとしました。
すると、ブルドーザーの運転手は「そんなつもりでやったわけじゃねぇ。」とそれを断りました。
そしたらタンクローリーの運転手は「いろいろ手数をかけたんだから俺もただじゃ帰れない。」と語気を強く言い返しました。
太い腕を持つ日に焼けた大男二人が、善意で言い合いをしています。
例えるなら、ライオンと虎があま噛みしているようなものです。
万が一間違えて牙が相手に刺さってしまったら、周囲を巻き込む大乱闘になりそうな危険性をはらんでいました。
このままここにいるとどんな巻き添えになるか分からなかったので、私は急いでレコードを抱えて家に帰りました。
あの後、あの二人はどうしたのか分かりませんが、「不器用な善人が出会うとあんな風になるんだ。」という記憶は、以後の私の人生にほどよい調味料になっています。