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酔って遠泳 (1516文字)

 私が二十代前半の頃、職場の先輩・同僚らとキャンプに行きました。キャンプといっても、今にように道具類が軽く扱いやすいものが少なく、テントを立てるだけでもなかなか大変でした。
 そのテントはなんだか臭いにおいがしていて、そこで寝ようとは思えませんでした。
 でも季節は夏、晴れてもいたので「最悪、野宿でもいいかな。」と思い、夜遅くまでたき火を囲んで飲んで騒いでいました。
 そこはキャンプ場ではあったと思うのですが、場所は湖の畔(ほとり)で駅やバス停からも遠くてクルマがないと来れません。そのせいか私達の他にキャンプする人たちは一人もおらず、私達は騒ぎ放題でした。
 そんな中、先輩の一人の姿が見えなくなりました。
 「トイレかな。」とも思ったのですが、それにしては長すぎます。
 と思っていたところへ、別の先輩が走ってきて「××が泳いで沖に向かって行った。」と言いました。

 その湖は、溺れて沈んだら浮かんで来ないと言われていて、しかも××さんは酒をがぶ飲みする人なので、下手したら本格的に溺死案件になります。
 私は、急によいから醒めてしまい、今までの経緯を頭の中で整理することにしました。溺死した場合、事件か事故かを判断するために警察から事情の聴取を受けるでしょう。事件でなくても、死体が上がらなければ死亡を確認できないから戸籍の処理が問題になるかも知れません。
 とにかく正確な事実と時刻を言えるようにしようと思いました。
 そのうち、クルマで来た先輩らが湖の波打際までクルマを動かしてきて、前照灯を遠目にして「××ーっ!」と名前を叫び出しました。彼らは酔っ払い運転になるのですが、私は「人命救助が目的だから緊急避難が認められるだろう。つまり、積みには問われない。」と思いました。
 こういうところが私が「冷たい。」と言われる由縁です。

 何台かのクルマのライトで照らした水面には人らしきものは見えません。
 「いよいよ明日は警察の事情聴取に応じることになるのか。頭の中にあることをメモに書いておいた方がいいかな。」と思っていたら、湖に向かって左手の方から人の足音が聞こえてきました。
 目を凝らしてみると、××が着衣のまま、さらには靴を履いたままずぶ濡れでこっちに歩いてきます。
 故星新一さんの『ノックの音が』の中に腐乱した死体が部屋のドアをノックするというシーンがあったことを思い出しましたが、そいつはまだ生きていました。
 こういうとき、「生きていてよかたった。」というより「お前、なにやってんだ!」という気持ちが先行しますね。
 だから、先輩でも「お前」です。気持ちの中でですが。

 ××は、酔って気持ち良くなり、みんなを驚かそうと着衣のまま靴を履いたまま沖に泳いで行ったそうです。
 で、「この辺でいいかな。」って思って左に曲がり、しばらく行ってさらに左に曲がって岸に上がったそうです。
 岸に上がる少し前頃、みんながクルマのライトを点けて叫びだしたそうです。
 でも、上がった岸は原生林みたいになっていてなかなかキャンプ場に出れなくて、出てくるまで意外に時間が掛かったのだそうです。

 翌日、その先輩は真っ裸でキャンプ場をうろうろしていました。
 どうしたのか聞いたところ、「パンツが見つからない。」と言っていました。
 昨夜あの後、濡れた服を全部脱いでテントのロープに引っ掛けて乾かそうとしたのだそうです。

 私は、「そんなこと、どうでもいいからもうみんなに迷惑かけないでよ。」と思いました。

 その先輩は、それからしばらくしてアルコール依存症の治療のため、施設に入ったと聞きました。その後どうなったかは聞いていません。

#創作大賞2024 #エッセイ部門 #遠泳

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