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『戦いの音楽史』 (1695文字)
『戦いの音楽史』(みの著 KADOKAWA)を、昨日(2025年1月13日)一日で読み終えてしまった。
この本では、17世紀から18世紀の三角貿易から説明が始まり、黒人差別、公民権運動、ベトナム戦争、富裕層への反発などもっぱらアメリカの歴史を中心に音楽の変遷(「へんせん」移り変わること。)を描いている。
出版元のKADOKAWAのホームページでこの本のレビュー(review 批評)を見てみると、「普通の音楽史じゃないか。」というネガティブ(negative 否定的)なものがあった。
でも、私の意見は違う。
この本は、音楽を歴史や文化とともに語られておりとても勉強になった。巻末の参考文献を見ても、この本が尋常でない努力の末完成されたものであることが分かる。
ここで語られる三角貿易は「大西洋三角貿易」のことで、「欧州、西アフリカ、西インド・北米の三角貿易(奴隷貿易)」のことを指している。三角貿易には他にも、「イギリス、インド、清国の三角貿易」などがある。どの三角貿易も、銀の流出とか阿片の取引などあまりいいイメージがない。
「大西洋三角貿易」は奴隷貿易であるから、より一層いいイメージがない。
この奴隷として扱われた黒人たちの労働歌がブルースになっていくのだが、このことからも本書の題名は『「戦う音楽」史』であることが伺える。
これ以降、リズムアンドブルース(R&B)も、ロック(Rock)もオルタナティブ(Alternative)も、差別とか体制とか既存の価値観などとの戦いを動機として生まれてきたというのが著者の主張と思われる。
現在なら、多すぎる税金や、高齢者と若者との断絶的関係性、それにウイルスのように侵入しているグローバリストらへのナショナリスト達の対抗などが新たな音楽が生まれる契機(「けいき」ある事象を生じさせるきっかけ。)になるかもしれない。
私は音楽にそれほど関心があるわけではないので、「オルタナティヴ・ロック」(非商業的でアンダーグラウンド志向のロック。alternativeは、新しいとか型にはまらないという意味。)を知らなかった。
オルタナティヴ・ロックに感じるものはないのだが、オルタナティヴ・ロックが劣っている音楽だなどとは思わない。この感じ方は世代の問題だろうと思う。
それにしても、ロックは社会的な動きと表裏一体といった感があり、この本のように歴史と合わせて語ることができるのに、日本の演歌や歌謡曲ってそういうことができない。演歌は、演説が制限されたため政治問題を歌ったものだというが、その演歌も今では悲恋をテーマにした曲が多くを占めていて、およそ社会性があるとはいえない。
また、歌謡曲も「ムード歌謡」とか「リズム歌謡」などと趣を変えてきたが、今や絶滅してしまったようだ。
これらの楽曲は、録音再生技術の革新的進歩に付いていけなかったのと、デジタル化に伴う販売形態を変化させなければならなかったのに、そのビジネスモデルを刷新できなかった。
あれほど盛況を誇っていた歌謡曲が、これほど廃れるとは。と思うが、ロックンロールの出現前後の音楽業界や音楽ファン、及びその音楽ファンの弱年者とその保護者が受けた影響の違いと強さに比べれば、歌謡曲という一音楽ジャンルの衰退など大した問題ではないのかもしれない。
ところで、アメリカではプランテーションで働く奴隷から新しい音楽が生まれたが、アフリカのコンゴで過酷に収奪された(後述)原住民からは新しい音楽が生まれたという話を聞かない。
コンゴに比べたら、アメリカの黒人奴隷の方がまだマシだったのだろうか。
コンゴは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてベルギーの植民地だった。
ベルギー国王レオポルド2世は、1885年から1908年までコンゴの一部を「コンゴ自由国」として私領地化した。
そのコンゴ自由国では、象牙やゴムなどの資源を搾取するために住民が強制的に働かされ、ノルマを達成できないと手足が切断