ザリガニは泣いているか?
子供のころ、友達とザリガニ釣りに行った。鉄道橋の下を流れる小川の淵で、その辺に落ちている木切れの端に凧糸をくくりつけ、糸の先に針とえさ(何だったか忘れたが、大したものではなかった)をつけると、よく釣れた。手づかみで採る子もいた。
当時は正しい名前も知らなかったアメリカザリガニで、日本原産ではない。「戦後の食糧難の頃、日本人のタンパク源を補給するために『進駐軍』がたくさん放流したので増えた」と言う人もおり、私もそう思っていた。最近調べると、そうではなくて、1927年、鎌倉の業者が食用ウシガエルの養殖の餌として米国から輸入したと言うのが最初のようだ。ただ、食糧難の時には、国民がザリガニを茹でて食べていたのも事実のようだ。
環境省によれば、輸入した100匹の多くが輸送中に死に、残った27匹(20匹説もある)が、その後逃げたり、持ち去った人が放流したりして大繁殖し、1960年代には北海道を除く全国に伝播していたとされる。
ザリガニは、ペットになったり、学校教育現場での身近な生物の観察・採集・飼育の対象にもなっていたようだ。処理に困って、また心情的・教育的な配慮から放流された例があるとされている。そう言えば、小学校の頃、ウサギ小屋とザリガニ水槽の掃除当番があったような記憶もある。
その後、農薬の大量使用で田畑や水路も汚染され、一時減ったようだが、なんとか生き延び、再び繁殖を始めたようだ。
エビの学術的分類の中には、「|遊泳類(泳ぐ海老)」と「歩行類(歩く海老)」に分ける分類法があるようで、例えば漁獲量の多い前者では、食卓に登場するクルマエビが代表的だ。後者は「イセエビ族」と「ザリガニ族」に大別され、ロブスターも歩行類に分類されている。同じ歩行類エビながら、イセエビとロブスターは海水、ザリガニは淡水という違いもあるが、何より人間社会での「待遇」が破格に違う。
今年6月1日、環境省はアメリカザリガニを「条件付特定外来生物」に指定した。イセエビは銀座あたりの高級日本料理店で、ロブスターは西洋料理店で、恭しく運ばれて来るだろうに、アメリカザリガニは、日本列島から駆逐するべき悪玉生物になってしまった。写真や潜伏していそうな場所の分布図と共に、全国に指名手配されるとは・・・
環境省も、アメリカザリガニが長い間良い子のために遊びと教育で果たして来た「功績」を考慮したのか、「条件付」と言う、「温情措置」をとった。条件とは、自然界に放流したり、取引・頒布することは罰するものの、「一般家庭でペットして飼育するのは可能で、申請や許可・届出は不要」という指定だ。「(同じ指定のアカウミガメと共に)寿命を迎えるまで大切に飼育してください」という但書まで付けている。
日本には外来生物はまだまだたくさんいる。家の近所の池にはミドリガメがたくさんいて、日が昇るとそこらじゅうで甲羅を干している。釣り人が放流したブラックバスは一番被害を出しているようで、在来の小魚を食べ尽くし、湖の魚の食物連鎖の頂点にのぼり詰めたらしい。
2023年6月時点で、「外来生物法」で特定外来生物に指定されているのは、哺乳類25種類、鳥類7種類、爬虫類22種類、両生類15種類、魚類26種類、昆虫類25種類、甲殻類6種類、クモ・サソリ類7種類、軟体動物など5種類、植物19種類、合計157種にのぼる。法律では、生態系や人体、農林水産業に被害をもたらしかねない、海外から持ち込まれた外来種を「特定外来生物」に指定し、その飼育や栽培、保管、運搬、輸入などが規制される。
特定外来種以外にも、日本原産でない外来生物はたくさんいる。ちょっと古い本だが、「自然界の密航者」(石弘之・柏原精一著、1986年朝日新聞社)は、「身の回りの見知らぬ動植物」65種の起源・由来を調べ、「生まれ故郷を遠く離れ、運ばれてきた帰化動植物」の一端を解説している。彼岸花の謎、「ペンペン草」のナズナ、船に乗って「密航」してきたクマネズミなど、楽しく考えさせられる。
日本だけではない。例えば、オーストラリアのウサギの「災難」
ダイアモンドによれば、オーストラリアは、ウサギの導入に努力を惜しまず、4回の失敗を経て5回目にスペイン原産の野生ウサギを使ってようやく成功した。しかしこのウサギが大繁殖し、収拾がつかなくなる。一転、ウサギという外来生物の駆除に方向転換し、ウサギの巣穴にダイナマイトを投入したり、「粘液腫症」というウサギの病気を導入したり、耐性が出ると「カリシウィルス」という病原菌を使って、壮絶な駆除を進めることとなった。
今般のハワイ・マウイ島の大森林火災では、外来種の牧草が増えて乾燥帯を作り、火の回りを早くした可能性があるという調査が上がっているようだ。
先日NHKが、アメリカザリガニが増えすぎ、日本在来の小型水生生物を食い荒らしたりして、ついに国が外来生物に指定し、駆除に乗り出したというニュースを報道していた。ザリガニの捕獲に子供たちまで動員され(ご褒美がもらえる?)、誰それが何匹とか、楽しそうにザリガニ採りをする光景が映し出されていた。しかし、アメリカザリガニの歴史も、昔の子供たちの楽しみも、学校での飼育のことも、何も報道されず、大いに不満だった。女性アナウンサーは、ザリガニが好きでないか、興味がなかったのだろう。
人の都合で輸入され、子供たちに愛されながら、日本を追われようとしているアメリカザリガニは、泣いているか?
小説「ザリガニが鳴くところ」は、2019年米国で最も読まれた小説だそうで、最近映画化された。小説も映画も面白かったが、「ザリガニは鳴くのか?」と疑問に思った人は私だけではなかったようだ。調べた人も結構いるようで、著者がザリガニが住んでいるような湿地=自然の奥地を比喩的に使ったという説がもっともらしい。
100年近い前、米国ニューオリンズ市から遠路はるばる鎌倉まで運ばれ、100匹の仲間の73匹が旅の途中で倒れ、逃げ出したり逃してもらったりして生き残る。外敵の不在の中で増え、農薬被害でまた仲間を失いながらも、子供たちには愛されてきたザリガニは、やはり、泣いているのではないかと思う。
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?