広報の法的心構え
前回投稿「社会人の法的心構え」の続編である。「法的心構え」は実例を挙げた方が分かりやすいので、長く関わった広報業務を選んだ。広報に携わる人に「法的心構え」を意識して仕事に臨んで欲しいと言う想いだけでも伝われば幸いだ。まずは導入と基本精神から;
法的心構えの必要性
法律は、弁護士など「法律専門家」の関わるべきことで、広報従事者には無縁と考える傾向がある。しかし、知らないうちに、勤める企業や組織が、法律に違反する行為や事件の当事者になってしまうリスクがある。
リスクが顕在化する(=事故・事件の発生)と、否応なく、広報も巻き込まれる。事前の備えと渦中の対応で求められるのが「広報の法的心構え」となる。
事業は法廷で行うものではないので、法的決着=判決とそれが及ぼす社会的影響とは分けて考えるべきで、特に広報では、怖れずに言えば、企業の社会的評判に及ぼす影響の方が、大きな意味を持つことが多い。
広報従事者の法的心構え
求められるのは生半可な法律知識ではない。実際に問題が発生した場合はもちろん、法的判断が求められる場合には、専門知識を持った弁護士に相談するなどの措置と対策が必要だ。但し、その事前準備は相談の質と費用を左右する。
広報従事者にとって大切なのは、広報活動が、社会の価値観、倫理観、あるいは社会正義から見て問題がないか、常にチェックする姿勢を持つことである。
法律は、チェックの物差しの一つだ。その活動に関係する基本的な法律が何であり、何が定められているかくらいの、基本的理解は持っておく必要がある。
一方、法律を土台として支えているのは、社会の価値観、倫理観や理念だ。従って、法律は、社会の常識、時代や社会の在り方によって変化する。なぜその法律が制定されたのか、「立法の精神」にまで立ち返って理解することも意味がある。言い換えれば、「法律に書いていないから、法律に違反しないから」と言って、倫理にもとる行為が許されるものではない。
法のピラミッド構造
「法」は、日本国憲法を最上位に、議会=立法府の承認を経て制定される様々な「法律」を始め、更に政府や省庁など行政機関が制定する様々な命令(「政令」、「省令」から「告示」、「通知」など)から成るピラミッドで構成されている。
法律は、大きく国家と私人間の紛争処理のルールを定めた「公法」と、私人間の紛争処理ルールを定めた「私法」に分かれるが、広報業務では、主に私法が関係することが多い。
また、関連する法律の分野は、社会法や産業法がほとんどで、社員の犯罪などを除外すれば、刑法が関係することはあまりない。
優先順位は、法を支える価値観 > 憲法 > 法律・条約 > 政令 > 省令の順となる。
「法を支える価値観」、例えば社会正義は、法律ではないが、法律を成立させ、改正させ、時に廃止する前提となるものであり、法体系を根本から支える。これは、広報にとって重要な視点の一つである。
ちなみに、米国の広報専門会社の研修で触れられる法律が関わる主な領域は、
報道の自由* (*注:なぜこれが最初に来るかは、次の投稿「広報の法的心構え(追補)で触れる)
選挙広報
ロビイング
労務広報
金融広報
インベスター・リレーションズ(IR)
著作権
商標権
名誉棄損
プライバシー保護など、多彩である。
近年、海外の広報教科書の第1章は、「コンプライアンス」で始まる。世界的広報専門会社が引き起こした事件がきっかけで、広報従事者の法的心構えの欠如が社会的指弾を受け、これまでの教育研修方針を転換した結果だ。残念ながら日本では、広報はマーケティングや宣伝の一部とする考え方が今だに支配的で、法律やコンプライアンスは後回しにされることが多い。
日本における事業会社の広報では、私は、メーカーでは、例えば次のような法律を主な対象に研修を行ってきた。業種によって対象とする法律は異なる。
報道の自由、名誉棄損、プライバシー保護、個人情報管理
景品表示法、公正取引規約、知的財産法(産業財産権、著作権)
金融商品取引法(旧証券取引法から改正)と東京証券取引所会社情報適時開示
製造物責任法
国家公務員倫理規程
いろいろな責任
「法的心構え」の有無は、特に危機管理広報において重要度を飛躍的に高める。
企業は、いろいろな規範の中で活動している。法律はその一つで、違反すると刑罰が待っている。所属する業界には、業界特有の決め事=業界ルールがあり、事業を規制する。しかし、一番ダメージの大きいのは、社会正義に反した場合で、厳しい社会的制裁を受ける。
主に事件・事故を起こした場合などでは、企業には4つの責任が発生する。果たすべき責任の範囲は広いのだ。
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これまで企業の依頼で行ってきた研修では、①「広報入門」②「広報の法的心構え」③「日本のメディア事情」④「危機管理広報」⑤集大成としての広報ハンドブックの作成を5本柱にして来た。その2回目を大幅に短縮したのが本稿で、ある程度広報を知っている人が主な対象になる。この研修単元は再実施と実例研究を求められることも多かった。「眠気を誘い」かねない内容で、聞いていない人が多かったのかも知れないが、企業の不祥事が続き、広報にも法的な素養が求められる時代背景があった。
(「広報の法的心構え(追補)」に続く)