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ドイツのとある保育士(私)の1日。その4
服を着るにも個性が出る。
とにかく早く外に出たいので、ささっと着る男子たち。
おしゃべりに花を咲かせ、マイペースな女子たち。
チャックを閉めてくれと丁寧に頼む年長の子。
できなさそうなので手を貸そうとすると、めっちゃ怒る年少の子。
夢見心地でただ上着と戯れていたり、座ってぼーっとしている子。
「できなーい」と不貞腐れるだけでなく、私に向かって「ユーがやんないといけない!」と主張してくる怠惰な子供。
普段、親が着せたり履かせたりしているとこうなる。
私が「自分で上履きを脱ごうね」と言って手伝わないと、狂ったように泣き叫び続ける最近保育園に入った異文化から来た女の子。
育てたように育つってとこは多分にある。
園庭に出ればブランコや滑り台や砂場や藪があり、みんな好き勝手に遊んでくれるからホッとする。
ドイツ人の保育士は子供と一緒に体を動かして遊ぶことは、ほぼない。
庭では同僚同士で話しに花を咲かせている。子供は子供と遊ぶべきだから、と前の保育園の同僚は言っていたが、そもそも子供と走れる体力を持つ人はほとんどいない。
足が悪い(足が長いからかな)。肥満(食生活のせいかな)。持病持ち(若い人も)。そもそもスカートを履いていて、運動靴を履いておらず動ける格好をしていない(服装は自由だからね)
まあ、いいんだけど。
私は子供達と鬼ごっこをしながら、時計に目をやり、午後2時のおやつの準備をしないといけないから「お開き〜」と宣言する。
箒で地面を掃いて、座るところがくっついているテーブルを並べる。キッチン担当のジュリアが、おやつやお皿が載った台車を引いて、建物の内側からドアを開ける。「準備できてるよ!」と笑顔をくれる。
机を拭いて、コップを並べて、子供達を呼ぶ。
「おやつだよー」
ワラワラと子供達が集まって来る。
「僕食べなーい」と返事する子もいる。
「今日何?」と確認しにくる子もいる。
おやつは例えばヨーグルトに小さく切った缶詰の桃。
切った野菜と、チーズスティック。ピザ。ココアと市販のクッキーなどがある。
キッチン担当のジュリアは今年の春から働き始めた。昼ごはんは同じ系列の別の保育園で作られて運ばれてくるので、彼女が作るわけではないが、ジュリアはその他の諸々、準備や片付け等を一人で担当している。
世話好きでフレンドリー。明るくて優しいオカン、といった感じ。カリブ海に浮かぶキューバ出身だ。
私と同じようにドイツ語を母国語をしない。
多分みんな、キッチンに立ち寄るのが好きだと思う。コーヒーマシーンからコーヒが出てくる間、ジュリアとちょっと世間話をするのが楽しい。
私は今年、日本に3週間滞在していたのだが、終わりの方ではドイツを恋しく思ってしまった。あんなに日本に帰りたかったのに、不思議なもんだ。
ドイツに帰って、久しぶりに保育園に出勤して、キッチンに顔を出した。
「ジュリアは今年いつキューバに里帰りするの?」
「ここで働き始めたばかりだから夏は帰れないけど、年末、クリスマスに帰るわよ。ホッホー!」
とっても嬉しそうだ。
「キューバに帰ったらパーティーよ」そう言って、彼女は肩を上下させ、ウェーブを打つように左右に腰を揺らした。
「あら、日本ではこうやって踊るわよ」私は盆踊りのように両手を右上、左上、と突き上げて笑った。
その時私は「ああ、これだ」と思った。
私が日本で恋しかったもの。ベルリンで光る、こんな瞬間。なんでもない日常で出会える、なんだかヘンテコで違ってて面白い、こんな時間。
なぜだか知らないが、踊りながら一瞬、泣きそうになった。
午後3時。ジュリアが帰る時間。それまでにおやつの時間の片付けを済ませておかなければならないから、彼女の最後の1時間はとても慌ただしい。
私は自分が帰る前に、キッチンに立ち寄るのを忘れてはいけない。
なんと、こちらの保育園では余った昼ご飯を持って帰っていいのだ。これは大変、家計が助かる。しかもオーガニックで、味も悪くない。
たまにうっかり持って帰るのを忘れると、次の日ジュリアがニヤニヤしながら怒る。ぎゃーすんません!と私はヘラヘラしながら謝ることとなる。
時間が遅くなると友達は帰って行く。
遅くまで残っている子供達は手持ちぶたさになる。
じっと園の入り口を眺める小さい子供。自分で時間を潰す大きい子供。
たまに遅いシフトに入ると、私は「お父さん、お母さん、早く来てくれ」と心の中で祈らずにはいられない。
「子供達を解放してあげてくれ。そして私も解放してくれ」
しかし時間が来れば、私は解放される。
テンション低めの子供達を残して、自転車に乗って帰るのだ。
「チュース(バイバイ)」
と言い残して、私は園を、子供達を、遅番の同僚を後にする。
こうやって私の保育園での1日は、無事、終わるのであった。