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日本に帰るウサギさん

昨日の昼寝のおかげで、今日は心が落ち着いている。

朝、散歩に出たら霜が降りていた。
薄く凍った落ち葉が白い息を吐いているように、太陽に照らされている。
何枚か写真を撮ったけれど、やはり実物とは違い、そのまばゆさはカメラに映らなかった。

晴れた冬の日は、ドイツではとても貴重だ。

私が親戚のおばさんにAmazonで買った裏起毛ズボンが家に届いた。母並みにお世話になっている。

裏起毛を、ウラトッキだと思い込んでいた自分に、今、気が付いた。読み方はウラキモウだった。

おばさんはズボンがあったかくて感激したとメッセージをくれた。
それから「小説とか読んでる?」と聞いてきた。そのメッセージには数冊の本が写った写真が添えられていた。今読んでいる本らしい。

一遍上人語録・捨て果てて
ブリューゲル・さかさまの世界
古代人の性生活

私は瞬きをして、もう一度写真を見た。

やはり「性」の文字が見える。

「ブリューゲルの本は中世の生活がよくわかる。古代人の本はすごく真面目な本、色々読むと頭が柔らかくなるよ」

真面目な古代人の性生活?
いや、本が真面目なのか。

一瞬タイムトリップした。電車を降りよう。

今日は、今年いっぱいで日本へ完全帰国する方とお茶の約束があるのだ。

仕事でベルリンにいらした人。こちらに来てマラソンを始めて、ベルリンマラソンを完走した人。人生を確実に積み上げて来て、これからも堅実に積み上げていくんであろう人。

そんなにしょっちゅう会っていたわけではないが、今日の最後のお茶で、一番リラックスして話せた気がした。

私の歩みは相変わらず亀のようだ。

ウサギのその人は、丸くて黒い画面の腕時計をスマートに傾け、私がそろそろ行く時間だと教えてくれた。駅で別れたその足で、先にある公園を走って帰るんだそうだ。

ベルリンのゆったりとした時間の流れから、日本の忙しい上昇気流に飛び乗って、でもやっぱり同じ余裕で、その優しいスマイルのまま走れるんだろう、この人は。

ウサギさんと私は「また日本で」と言い合い、ドイツらしく別れの握手を交わした。

「あ、電子レンジ!」

先ほど話に出ていた、私に電子レンジをくれる件である。
私は内心気付いてはいたが、感動の最後の握手を邪魔しそうで、言おうか迷って黙ってしまっていた。が、ウサギさんはちゃんと気付いた。

まだ最後やないやん。

一瞬、感傷的になってしまった自分を笑ってしまった。

うちに帰って、まだ一度も使っていなかった新品のジョギングシューズを引っ張り出し、家の周りのアパートをぐるっと一周した。

たかが7分、されど7分。
いつか4時間になるかもしれないよ。

亀だって走れるさ。



表紙が出ていないので確かではないが、きっとこの本なのではないか


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