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【製本のある暮らし】万年筆物語


綴人の  note  にお越し頂き、ありがとうございます。


私はマニアでもコレクターでもありませんが、万年筆が大好きです。
製本でも一時期、万年筆の使用を前提にノート作りをしてたことがありました。



20年近く前、製本で自立しようと会社を飛び出した時、初めにしたことが万年筆を手にすることでした。
当時、地元の三越の一角に万年筆売り場があり、そこで年配の店員さんとずいぶん長い時間をかけ万年筆を選んだ記憶があります。

「独立をしようと思います。」

と言ったかどうかは定かではありませんが、そのような趣旨の話をした事は覚えています。
私は懐刀が欲しかった、決意のための懐刀が、それが万年筆です。

「万年筆は高価なものが良いわけではありません。」

店員さんと選ぶやり取りの中で、その言葉の端端に万年筆に対する博識を感じ、心をゆだねました。そして散散試し書きをして選んだのがウォーターマンでした。重さ、柄の長さ、太さ、書き味などがぴったりでした。
試し書きをする私の手元を見ていた店員さんに、「ペンの使い方に慣れていらっしゃいますね。」と褒められたのを今でも思い出します。カリグラフィーをやっていたおかげで、ペン先からインクを紙に流す感覚が身についていたからだと思います。
それ以降は、常にウォーターマンを携帯するようになりました。

独立の夢もままならず、貯金の底が見え、いよいよ借金生活か、となった時もウォーターマンを握りしめました。絶対に諦めない!という思いで・・・



少し話を逸らしますが、私は兼業農家の長男です。家族は家・土地を継いで守っていくものと当然のように思っています。
私は何ものでもない、自分として生きたいと強く思っていましたので、祖父母・両親には強く反発しました。そして家を出ました。
最近はその頃と違い、考え方も柔らかくなったように感じますが、当時田舎の長男が跡を継がないということは犯罪にも等しい行為でした。

私の万年筆を持つということは、誓いでもあります。
自分を生きることを絶対に諦めないという。



残念ながら独立も家族を守るために中断し、勤めに出るようになりました。そして現在に至りますが、製本は相変わらず続けています。むしろレベルが上がりました。あの時、独立がそこそこの状態だったら、今ほどレベルが上がらなかったかもしれません。そんな風に導かれる運命だったのだ、と今は思えるようになりました。

はじめにも書きましたが、万年筆の似合うノート作りでは出会いがありました。コンケラーという紙です。コンケラーは英国製紙のトップブランドです。万年筆の似合うというコンセプトで紙捜しをしていて、ある紙問屋で出会いました。
ショールームで「万年筆に適した紙を捜しています。」と店員さんに相談したところ、その店員さんはしばらく視線を彷徨わせ、虚ろな足取りで、ある紙のサンプル帳を手にします。

「コンケラーという紙です。」

在庫が無く、そのサンプル帳だけなのに無理を言って試し書きをさせて頂きました。
ペン先に少しざらついた抵抗を感じる書き味、インクの滲みがほとんどなく、発色がいい。滑らかで書きやすいという優等生的な言葉に当てはまらないその紙が一瞬で好きになりました。

その場でA3サイズを50枚注文しました。外国製の品で取り寄せとなるため、最低50枚からの受注ということでしたので。

「何に使用されますか?」という店員さんに「ノートを作ります。」と答えると、怪訝な表情で「お高い紙ですよ。」と。呆れ顔とも興味津々ともつかない顔で先ほど殴り書いたサンプル帳を「どうぞ。」と差し出します。「おいくらですか?」という私に「このサンプル帳は差し上げます。売り物になりませんから。」と。

いま思い返せば、試し書きをさせて欲しいといった時に、こいつは変わったやつだと思われたのだと思います。あるいは同じ人間の匂いを嗅いだのかもしれません。
後日コンケラーを詳しく調べました。コンケラーとはイギリス王室の開祖であるウイリアム一世の愛称だそう。

開祖、始まり。

まさに何ものでもない、自分として立とうとする時に相応しい紙ではないか!と自分の中で確信のようなものを抱きました。



製本と暮らす中で人とのつながりや、心を豊かにしてくれる物が私の周りに集まってくる。万年筆もその一つで、人生に彩を与えてくれます。
有機的なその文房具は手間がかかります。血液にも感じるインクは放っておくと固まり滞ってしまいます。ペン先を洗い、治療してやらなければなりません。
そうそう、その血液とも言うべきインクを毛細管現象で万年筆を作ったのがウォーターマンです。これも何か縁を感じるというのは人間の思考の癖でしょうか。

私は万年筆のマニアでもコレクターでもありませんが、語らずとも製本と同様に暮らしの中に深く浸透しているものの一つです。






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