世界三分の計 龍虎鯱と人間と
【まえがき】
今年は、辰年ですね。ちょうど12年前にこの物語を小説として初めて執筆しました。中学生の頃から親しんだ、星新一先生のショートショートを目標にしました。稚拙かもしれませんが、何卒お許しください。
なお、直近の情報により多少加筆をしております。
みなさんは『三国志』、またこれを基により面白く描いた小説『三国志演義』のことをご存知ですか?後者は、大作映画『レッドクリフ(赤壁の戦い)』でもその物語の一部が紹介されている、中国四大奇書のひとつでもあります(他は、水滸伝、西遊記、金瓶梅)。
その中で、圧倒的な存在感を示す人物こそ、長身痩躯の美男で蜀の軍師、諸葛孔明であり、その後の世の軍事戦略に大きな影響を与えたともいわれています。故事として残るエピソードとしては、『孔明の嫁選び』『三顧の礼』『泣いて馬謖を切る』等が有名ですが、知略として名高いのが『天下三分の計』です。それは、武力・国力に劣る蜀が、呉と同盟を結び、強大な魏に対抗して天下を三分して治め、その後は戦略的な戦いを仕掛け、最後に蜀が天下を取るという内容です。
しかし、これには諸葛孔明が参考とした伝説があり、これからお話しすることこそが正にそれにあたるのです。
今から何百万もの昔、今の中国の辺りで始まるお話です。
⒈「世界三分の計」
かつて創造主は世界を三分し、天空は「龍」に、地上は「虎」に、海は「鯱(シャチ)」に分け与え各々が力の均衡を取り、諍いなく平和に治められるように定めました。
これを、「世界三分の計」其の一といいます。
「龍」は、今こそ伝説の怪物ですが、もともとは空飛ぶ恐竜の生き残りで、それを創造主が僕にまた自らの乗り物として用いていました。体長が100尺以上あり、当然三者の中で最も力が強かったのです。雷を起こし、口からは炎を吐き、天空も水中も自在に動くことができました。ただし、恐竜の生き残りなので、数は少なく唯一無二の存在でした。
【注】空飛ぶ恐竜の実在は確認できません。化石が残るのは翼竜のみになります。
「虎」は、体は三者の中で最も小さかったのですが、獰猛で気性が荒く、強靭な顎で噛む力が強く、鋭い爪で攻撃ができました。また、数が1万頭と圧倒的に多かった一方で、集団で行動する事はなく一匹狼のような動きしか出来ませんでした。
「鯱」は、足がないため当然海の中でしか動くことができません。しかし、海中ではすべての生き物の中で最もスピードが速く敏捷で、攻撃力も強く、頭が良く集団行動も得意なので、全くの無敵でした。数は1千頭程でした。
⒉創造主の落日と「玉」
さて、その後何万年もの永い年月が過ぎました。創造主は徐々に自らの力が衰え始めたため、これ以上その力の拡散流出を防ぐ意味で自ら「玉」となりその中に力を封印し、世界の頂(今でいうヒマラヤ山脈の辺り)に鎮座しました。「玉」になるという選択は、力の拡散が抑制されて維持される利点はありましたが、これを得たものが「世界三分の計」均衡を破壊し、世界の覇権を握るという危険性も伴っていました。ですから、その危険を回避できるよう、もともと創造主の僕でありかつ最も力の強い龍が、天空から「玉」を監視・保護する方法をとることにしました。
⒊人間の出現
その後、年月はさらに流れ、地上では不思議なことが起こりました。
それは、地上で一部の猿の仲間が、虎の攻撃から逃れるため、それまで住んでいた森や草原から海辺へと移動したことから始まりました。彼らにとって海辺は、虎の危険から海上へ逃れられるだけでなく、飲み水さえ確保できれば、採集できる食物が浅瀬に豊富にあったので、暮らしやすい場所でした。
また、海の利用は彼らの体にまで変化をもたらします。創造主が作った彼らの体にあったDNAは、突然変異が頻繁に起こり、その中から出現した体毛のないグループが海の中で泳ぐのに有利なため、増えていきました。その結果、海に入る時以外は保温や皮膚の保護のため、他の動物の皮を使ったり植物を編んだりして作ったもの、すなわち衣服を着ることが必要になりました。
こうした必要に迫られた工夫は、彼らの知能の発達につながっていきます。
そしてこの変化の中で、彼らは道具を使うことを覚え始めます。石や木材を加工し生活に活かしていきました。また、山火事のため、死んだ動物の肉や柔らかくなった木の実を食べ、おいしさと炎の暖かさの利点に気づいたことから、その利用を始めます。そして、安定した食物を確保するために、植物や動物を育てて利用することも思いつきました、「農業」と「畜産」です。さらに、お互いのコミュニケーションのため、音声を普遍的な共通の記号とし、またそれを記録することにも成功したこと、つまり「言語」と「文字」を発明しました。
彼らは他の動物とは比較にならないスピードで体が変化し、知能も向上し、数も増やしていきました。
彼らは「人間」といわれるものになったのです。
⒋海への進出
やがて、人間は船を作り鯱の統治下にあった海へ進出します。
鯱は、人間が海で活動するには最初は脅威の存在でした。人口の増大に伴い、浅瀬の採集だけでは足りなくなってきたので、沖合に出て漁をする必要になりましたが、水中では鯱の餌食になるだけでした。
人間の海での交通手段は、最初は小さな筏程度のものでしたが、工夫を重ね失敗を学習することで、徐々に船と呼ぶのに相応しいレベルの乗り物へと改良・進化させていきました。また、魚を取る手段もどんどん効率的な方法を考え、文字通り編み出していきますー「網」と言うものを編み出したのです。最初は獲物をモリで突くと言う単純な漁から、最後は何艘もの船を用い大きな網で囲い込み一網打尽にするレベルー漁業と呼べる内容にまで達していました。
人間は知力により、どんどん力を増していきました。
一方、鯱は幾分かの知力は持ち合わせていましたが、もはや人間の敵ではありませんでした。彼らは10〜20頭ほどの群れで行動していましたが、餌で入江の中まで誘き出されて、人間が作った網で逃げ場を失い、引き潮で干上がってしまいました。人間は、潮の満ち引きをうまく利用する作戦を思いつき実行したのでした。人間がこの作戦を何回も何回も繰り返すことで、鯱は勢力を1千頭から50頭程にまで激減されてしまいます。鯱は胸の中では、鳴き声を用いてコミュニケーションが取れたのですが、群と群との間で情報のやり取りをする術を知らなかったので、それが大きな弱点となったのです。ついに、鯱は人間の支配下に置かれる結果となってしまいました。これで、海は完全に人間が治めることになったのです。
そして、天空は「龍」、地上は「虎」、海は鯱に替わって「人間」が治めるという新たな「世界三分の計」其の二が成立されました。
実は、この其の二が、後の諸葛孔明によって利用されることになるのです。一番力の弱い「人間」・蜀が一番豊かなエリアを得て勢力を増し、武力を持つ「虎」・呉を利用し、一番勢力の強い「龍」・魏に対抗する、そして最後は「人間」・蜀が「漁夫の利」を得て覇権を握るというストーリーなのです。
⒌「龍」「虎」の戦い
もう、人間は完全に勢いに乗りました。自らの知力に自信を持った人間は、ここに至りついに世界の覇権を握る野望を持つことになります。
人間は、十分に準備をし虎を仲間に引き入れ、龍を撃つ戦略を考え出しました。
まず、虎の住処である森林に、雷があった時を見計らって火をつけ山日常起ます。これを繰り返し、森林を焼き払い虎の餌となる草食動物を減らし、彼らを追い詰めていきます。そして、この山火事は龍が起こした雷と口から吐いた炎が原因であり、これで龍が虎と人間を亡き者にし世界を独り占めにしようとしていると、虎に吹き込んだのです。虎は、住処の森林の多くが焼き払われ、さらに餌となる草食動物が激減したため、人間に頼らざるを得ない状況に追い込まれました。餌を、人間が育てた家畜に依存することになったのです。
虎を仲間に引き入れた人間は、いよいよ龍を撃つ作戦に着手します。その戦術とは、龍を撃つのと同時に虎にも一挙に壊滅的な打撃を与えるものでした。
まず人間は、手懐けた虎1万頭を全て集め、自らは同数1万の弓矢軍を組織しました。そして、虎達と共に龍のいる山へ登ると、弓矢軍で龍の羽を打抜き地上へ落としました。次に虎をけしかけ、地上に落ちた龍を襲わせます。虎は、その強靭な顎で龍に噛み付こうと接近戦を仕掛けます。一方龍は、羽を痛めたためもう飛ぶことはできなくなりましたが、口から炎を吐き虎に応戦します。虎は、炎に焼かれ相当の数が傷つき死にますが、それでも数にものをいわせて龍に大きなダメージを負わせることができました。龍もさすがにここまでくると体力をほぼ使い果たし、炎を吐くこともできなくなりました。ここまでは、ほぼ人間の思い描いた作戦通りにことは進みます。
⒍「人間」の支配と「龍」の伝説
さて、人間の作戦では、ここでさらに弓矢軍が追い打ちをかけ、龍にトドメを刺すことになっていたのですが、龍は最後の力を振り絞り、山の奥深く逃げ込んで姿を消しました。文字通り「龍」は伝説の怪物となり、その後姿を現す事はなくなったのです。また、虎もこの戦いで生き残ったのは1万頭のうち5百頭程と、大きく勢力を落とすことになりました。人間は、龍を撃退し「玉」を奪ったことで世界の覇権を握ったと確信しました。その後は、自らの天下のごとく世界を支配していくのです。それは正に、現実の歴史とも一致することを示しています。
そして、伝説の最後はこうなります。「龍」は姿を消す前に人間に見つからないように多数の卵を残しました。それは雪解けとともに海まで流れ、孵化しました。
彼らは、「タツノオトシゴ」となり魚の形で生き続けているのです。
おしまい
今回の「伝説」はこれでおしまいですが、いろいろな疑問点がありますので、ぜひ皆さんも一緒に考えてみてください。
・「龍」はなぜ海にその卵を託したのでしょうか?また、その後自らはどうなったのでしょうか?
・海で「タツノオトシゴ」は虎視眈々と反撃する機会を窺っているのでしょうか?
・「タツノオトシゴ」から進化した新しい「龍」が「人間」に復讐するのでしょうか?
・「人間」のおごりには、いつか「玉」創造主から裁きが下るのでしょうか?
案外、その前にとっくに「人間」が滅んでしまうことも考えられます。地球の歴史からすれば「人間」の登場は本当にごくごく最近のことですし、あまりにも進化、発展のスピードが速すぎてあっけなく自ら滅亡するかもしれません。
もちろん、そうならないことを祈るしかないのですが…