STANDALONE!成行 第二章 絶対に譲れない想い・・ 第五話
2007年5月初旬、元信は相変わらず忙しい日々を送っていた。
元々優秀で愛想がいい営業マンだったので転職先でも頭角を現し、年収は1千万を超えるほどであった。
工場向けEVの販売も好調でソーラパネルによる充電システムも相乗効果で売り上げが伸びていた。
午後5時、外回りから会社に戻った元信は休む間もなく明日の工場ライン向けEVの売り込みのためのプレゼンの準備に取り掛かる。
「おかえりなさい。明日のプレゼンの資料、ご指示通り作成しました。」
入社後2年が過ぎた愛形メイは元信の専属営業アシスタントになっており営業用のプレゼン資料作成を主に任されていた。
「お!早いね、どれどれ?。」
元信はメイが作成した資料を早速チェックする。
「すごいね。パワーポイントの扱いは私以上だね。すばらしい。今日はおかげさまで定時に上がれるかもしれないな。」
この会社の定時は午後6時である。
夜のデートに十分間に合う時間である。
「メイちゃん、よかったらお礼に甘い物ごちそうさせてくれないかな?。
いつものお礼がしたいし。」
やや照れながら元信はメイを誘った。
実はメイは昨夜深夜まで元信の為に資料を作成していた。
今日元信に定時に上ってもらうためだ。
元信は昨日出張中だったのでそれに気が付いていない。
メイにとって今日元信から誘ってもらうのは賭けであった。
幸運なことに希望通りお礼という名目でメイは元信に夜のデートに誘われた。
「ありかとうございます。
でも当然のことをしたまでなのでお気遣いは結構です。」
メイはつい心とは裏腹な態度に出てしまった。
内心しまったと思ったが後の祭りだった。
元信はちょっと意地悪っぽく言う。
「そうかー残念だなー今流行りのGODABAの一号店がOPENしたのになー
おいしいスイーツ俺のおごりで食べ放題なのになー。
一人で食べに行こうかなー寂しいなあー。」
流し目でメイを見ながら帰り支度をする元信。
そこへメイの同僚がやってきた。
「ええーいいなー行きたいなー。実は私も今日行こうと思っていたんです?。ねえメイちゃんも一緒に行こうよー。」
同僚の女性社員は前からメイが元信に気がある事を知っていたので助け舟を出した。
「じゃあ折角だからお願いします。」
恥ずかしそうに同行することを決意したメイ。
その様子を見て元信は心の中でガッツポーズをした。
午後18:30。会社の前で3人は待ち合わせていた。
全員集まったところでスイーツショップに向かって歩き出したが・・・。
「ごめーん。今彼氏から連絡入っちゃった。
悪いけどドタキャン許してね。」
女性社員は気を利かせて嘘をついてドタキャンし二人きりにした。
「まったく、あーあ残念!」
女性社員はさっさと背中を向けて歩き去った。
残された二人は恥ずかしそうにスイーツショップに向かった。
「彼女残念だったね。さあ行こうか?。」
俯きながら元信の後をついていくメイ。
元信は事前に予約をしていたので到着してすぐに窓際の席を案内された。
「すみません。3名で予約したのですが一人急用で来れなくなりました。」
「かしこまりました。大丈夫です。」
元信は早速事前に調べたお店の一押しメニューを頼んだ。
「食べきれなかったらお持ち帰りOKだからね。」
「はい。」
恥ずかしそうに俯きながら答えるメイ。
元信はメイが男性慣れしていない事を以前から知っていたので気軽に誘った事を少し後悔したが、それでもついてきてくれたので楽しい時間を過ごしてもらおうと努力することにした。
「女装して来ればよかったかな?。私の女装も行けてただろう?。」
「もうそれはいいです。」
笑顔になるメイ。
30分後・・・最初はなかなか話が盛り上がらなかったが仕事の悩みを聞いたり仲のいい女性の同僚社員の話を振って少しづつ話をつなげた。
するとある話題でメイは深刻な顔になった。
「部活ですか?実は私はあまり体が丈夫ではないので運動部ではなくて美術部に所属していました。」
「絵が好きなんだね。私もよく美術館に行くよ。ミレーやレンブラントが特に好きでさ。光の画家と呼ばれているすばらしい作家さんだよね。」
さらにメイの話が続く。
「私は女子高、女子大出身で彼氏もいませんでした。男性に不慣れで最初は萩原さんに大変失礼な事をしました。すみませんでした。でも萩原さんのおかげで今は平気です。」
笑顔になるメイ。
するとお店の若くて綺麗なウエイトレスさんがカクテルとゼリーを運んで来た。
「え?頼んでいないですよ。」
ウエイトレスは笑顔で答える。
「お店からのサービスです。
本日はカップル様にサプライズサービスですので。」
「ええええ!カップル?。」
元信はあわててメイを見た。するとメイは恥ずかしそうに頷いた。
「あああありがとうございます。」
元信はカクテルとゼリーを受け取ってメイにも渡した。
さらに30分後元信とメイは店を出て夜の公園のライトアップを見に行った。
「同じ昼間のオフィス街とは思えないでしょ。街も人と同じでいろんな面があるんだね。」
しかしメイは少し元気が無い。
「さっきのお店に悪いことしちゃったかもしれないですね。
私たちカップルじゃないのにサービスいただいちゃって・・・」
些細な事を気にする真面目な子だなと元信は思った。
元信はメイの罪悪感を無くそうと軽い冗談を言う。
「じゃあ俺たち付き合っちゃう?。そうすれば嘘ではなくなるからお店には悪い事してないよ。」
少し軽い感じでテレながら元信は言った。すると・・・
「え!?本当ですか?!嬉しいです!。明日から宜しくお願いします。」
真っ赤になった顔を見せたくなくてメイは深々と頭を下げてずっと頭を上げなかった。
「えええええええええええええええ!!!。」
元信には多くの女友達がいる。
今現在彼女はいないが女友達たちと飲みに行くといつも冗談で結婚しようとか付き合おうとか言っているのでその癖が出てしまっただけだった。
メイがいつまでたっても顔を上げないので元信はそっとメイの肩に手を添えて顔を上げてもらった。
案の定真っ赤な表情のメイ。
本気だと悟った元信はメイを受け入れる事にした。
「こちらこそ明日から宜しくね。世界一大切にするように頑張るから。」
突然の出来事に誤解が重なった偶然だったが元信もメイに気があった事に今さら気が付いたようだ。
冗談が通じないメイの誤解が二人の距離を急激に近づけたようだ。
2010年六月、あれから3年、二人の交際は続いていた。
二人は元信のマンションで同棲している。
朝から元信はなぜかそわそわしている。
「いよいよ明日ね。私の両親が早く元信に会いたがっていたから。
悪いわね。」
「いいよ。俺の方こそもっと早い段階で会うべきだったのに3年も待たせてしまったんだから。」
付き合い始めて3年が経過し、メイは27歳、元信は32歳になっている。
不安定な経済情勢で米系外資系企業なのでいつ解雇されてもおかしくないと思っていたためなかなか結婚を決意する事が出来なかったが
メイも27歳になったのでこれ以上待たせるわけにはいかないと元信は結婚を決意したのだ。
しかしなぜかメイの表情が暗い。明日両親に挨拶を済ませていよいよ結婚だというのに・・・。
外国製の新品のダブルのスーツを用意して明日の挨拶に備える。
元信は何度もメイの両親への挨拶文章を読みなおした。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。大手外資系のエリート営業マンだって両親も喜んでいるし。普通にして大丈夫よ。」
「その普通が難しいんじゃないか!。あーどうすればいいんだか。」
さすがの腕利き営業マンも恋人の両親相手ではなすすべがないようだ。
翌日、二人は電車で郊外の一等地にあるメイの実家に向かった。
電車内でも元信はずっと無言で緊張している様子である。駅からタクシーで15分程でメイの実家に到着した。
お土産片手に外国製ダブルのスーツを着てメイと一緒にメイの実家の玄関の前に立つ。
メイが呼び鈴を押すとメイの両親がすぐに出迎えた。
メイの父はすらっとした体形で白髪で毛髪も十分あり上品な感じでメイの母は小柄で笑顔がとても感じが良くスリムで上品な女性だった。
「君が萩原元信君だね。今まで娘を大切にしてくれてありがとう。
ささやかですが歓迎会の準備がしてあるのでゆっくりしていってくださいね。」
元信は応接室に通されて早速宴会が始まった。
6月なので外は暑く、ビールを進められると喉の渇きをいやすために元信は一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだね。気に入ったよ。」
メイの父親はメイからの手紙で元信の人柄を知らされていた。想像通りだったらしく二人はすぐに意気投合した。
「メイさんは本当にいい子で仕事熱心で真面目で私にはもったいないです。」
メイの話題になるとメイの父は少し様子が変わった。
「うちの娘を今まで大切にしてくれてありがとうございます。」
頭を深々と下げるメイの父。
メイの父親は少し真剣な表情で話し始めた。
「今まで隠していてすまなかったのですがメイは生まれつき体が弱い子です。激しい運動も出来ず友達とも思い切り遊べず、内気な子になってしまいました。実はあまり長生き出来ないと幼い頃から医者に言われてきました。」
メイは父親の話が終わるや否や話し出した。
「今まで黙っていて本当にごめんなさい。言ったら嫌われるかもしれないと思って言い出せなかったの。」
メイの父親は深刻な表情で話を続ける。
「元信君、君はまだ若い。しかも優れたビジネスマンだ。メイは体が弱いし長生き出来ないので子供を産むことも出来ない。もっと早くこのことを話すべきだった。本当に済まない。」再び頭を下げるメイの父。
「メイは私たちが最後まで面倒を見る。君はもっと別の健康な女性と結婚して幸せな家庭を築くべきだ。君の人生を大切にした方がいい。」
メイの父は涙ぐんでいた。折角メイが申し分のない結婚相手を連れて来たのに真実を伝えて考え直してもらわなければならない事に深い悲しみを感じていた。
しかし・・
「お父さん、顔を上げてください。それでも!お嬢さんを私に下さい。
私にはメイさん以外考えられません。たとえ短い間でも一生分以上幸せにしてみせます!。
今すぐ結婚して1分でも一秒でも長く一緒に居られるように全力を尽くします。」
元信は力強く答えた。意外な答えに両親は驚いたがすぐに笑顔になった。
「そうか・・・こんな娘でももらっれくれるのか・・・ありがたい!
どうか娘を宜しくお願いします。」
メイの両親は涙を流して元信に頭を下げた。
元信も頭を下げその状態は5分以上続いた。
「今日は人生で一番めでたい日になった。さあ飲み明かそう!。」
元信はメイの両親とすっかり仲良くなりその日は朝までメイの実家で飲み明かした。
2021年7月某日、玄関の妻の若い頃の写真を見ながら過去の思い出に浸る元信。
妻にプレゼントしたアンティークオルゴールが写真の前で鳴り響く。
「おっと、もうこんな時間か。妻に似た等身大ドールも手に入れたし後はアンティークショップの開業だな。頑張るぞ!。」
元信は早速知り合いのアンティークショップの主人に手紙を送った。
2021年8月、元信は知り合いの高齢化したアンティークショップのオーナーに会いに行った。
以前妻にプレゼントした数百年前のオルゴールを購入した店である。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「おお、萩原さん、お久しぶりですね。今日はどのような御用ですか?。」
西洋アンティークショップ”木漏れ日堂”店主、浪井善三 85歳
この道50年のベテランだが寄る年波で引退を決意し、店の売却を決意していた。
「実は会社が日本から撤退しましたので引退してアンティークショップを始めたいと思いましてご相談に来ました。」
「おお!そうですか!実は売却先が見つからなくて困っていたんですよ。
萩原さんになら喜んでお譲りします。」
「お金はご希望額お支払いします。亡くなった妻はこちらでお世話になったアンティークオルゴールを宝物のように大切にしていました。
大好きなアンティークで妻を喜ばせてあげたくなりました。このお店で商売も頑張って末永く大切にします。」
大手外資系商社に長年勤めたので元信にはそれなりの貯えがあった。
残りの人生は妻が大好きだった西洋アンティークを扱う仕事をしながらお迎えしたドールとともに妻を想いながら静かに暮らそうと決心している。
話はすぐにまとまり来月から木漏れ日堂二代目店主として再出発する事になった。
第五話 END