バスタオル-幼き日々の思い出-
香りは人を過去に連れていくとどこかで聞いたことがある。難しい話を言えば、五感の中で嗅覚だけが記憶を司る海馬に働きかけているからだとか。
22時をまわった頃、暖房の着いた部屋で乾いた洗濯物を畳む。次の濡れた洗濯物が待っていた。寝ているうちに暖房で乾かしてもらうのだ。
うつらうつらしながら私はバスタオルの柔軟剤の香りを嗅いだ。幸せの匂いがした。
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それは丁度小学校にあがったばかりの頃だった。
乾いた暖かい風に母が忙しそうに洗濯物を干している。私はそれを見ながら泣いていた、理由は分からない。でも当時の私にとってはとても大切な事で今の私からしたら気にも留めないようなことだったと思う。
母が手を止めずただただ家族4人分の洗濯物を干す。動きと言葉には私への怒りが感じられた。それを見て、「自分の主張を聞いて欲しい」「私を見て欲しい」と言う気持ちからバスタオルを手に取った。 お手伝いをしようと思った。泣いている自分が嫌になったのだ、お手伝いをしたら私をぎゅっとしてくれるかもと思ったのだ。
「まま、?これどうすればいいの、パタパタして、、“私”ちゃんパタパタしたら置いとくね!」
その時には自分の主張なんて忘れ、私もこれできる!と笑顔になった。
ふとふわふわしっとりしたバスタオルを鼻に近づける。幸せの甘くて温かい匂い、家族の匂いがした。
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そこで記憶は終わった。
たかが小学校低学年の思い出だった。
その後はきっと“まま”にぎゅっとしてもらい、自分の主張も泣いていた理由も忘れ、ほっぺに沢山のキスをもらったのだろう。
何も変哲のない、どこでもあるような日常に毎日嗅ぐ匂い、それでも私は今幸せであり、当時も幸せだった。